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2006年9月 3日 (日)

全都道府県訪問#42 和歌山県#2(南紀白浜#1 三段壁)

 南紀白浜空港(白浜町)に到着し、白浜駅前でレンタカーを借り、すぐ三段壁に向かいました。まHimg0152 ず、エレベータで地下36mの三段壁洞窟に降り、洞窟内を観光しました(1枚目の写真は洞窟内で砕ける波)。入場券の裏に印刷されている「名勝古跡 三段壁洞窟の由来」は次のとおりです。

 第五十代桓武天皇の頃、三段壁の沖合を航行する船から魔の牟Himg0149 婁(「むろ」と読むようです)沖と漁夫たちより恐れられた海賊〝多賀丸〟の隠し洞窟であり、年を経て源氏と平家が四国の屋島沖で対決した当時、熊野地方は敏捷果敢な熊野水軍の支配下にあって三段壁洞窟はその熊野水軍の〝船隠し洞窟〟でもあった。源平合戦の主戦場が屋島から壇の浦に移る頃、二百余隻の軍船に二千余人の勇猛な熊野水軍が決戦場壇の浦に向かって此処、田辺湾を進発せり・・・とあり。時を同じくして豪僧武蔵坊弁慶の活躍も記録されている。(白浜町 保存牟婁伝記より)

 源平合戦の頃は熊野水軍は熊野別当堪増(たんぞう)に率いられておりました。堪増はHimg0155弁慶の父であり、弁慶は義経に仕えている訳ですから、弁慶から当然熊野水軍に源氏応援の要請がありました。 堪増は元々平家方であったので、赤白の鶏による闘鶏七番勝負をやり白鶏(源氏方)が七番とも圧倒的勝利を収めるのを見て源氏加担を決めたというのは、有名な話です。昨年のNHK大河ドラマ「義経」思い出してしまHimg0157いました。
 三段壁は高さ50m、断崖絶壁が約2㎞も続く、勇壮な景観です。2枚目の写真が洞窟内から観た三段壁、3枚目の写真が展望台から見た三段壁、そして4枚目の写真が三段壁の断崖上から見た海です。やはりここには悲しい話も残っているようです。5枚目の写真をご覧下さい。「口紅の遺書詩Himg0158碑」がありました。

  • 三段壁 歴史の波にも 洗われて

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