カテゴリー「全都道府県訪問(~2006年)」の38件の記事

2006年12月25日 (月)

全都道府県訪問#40 鹿児島県

 次は鹿児島県訪問の報告です。ちょうど40番目の県になりました。

  • 第2日目
    • 宮崎県から移動~霧島温泉郷に入ると、昨日降った雪が除雪はされているもの路肩に数10㎝も溜まっていて、冬至前後の真っ暗な夕闇の中、山道を運転するのは少し恐い気がしました。
    • 霧島・林田温泉泊~霧島温泉郷から南側には視界を遮る山等はないため、翌朝ホテルのロビーや露天風呂からは桜島と錦江湾(鹿児島湾)の見事な眺望を楽しむことができました。
  • 第3日目
    • 霧島神宮参詣~霧島神宮参詣の栞によりますと御由緒は次のとおりです。200512241020000 「当神宮は天祖天照大神の御神勅を畏み戴きて三種の神器(皇位の御璽(みしるし))を奉持し、高千穂峯に天降りまして皇基を建て給(たもう)た肇国(ちょうこく)の祖神<天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)>をお祀りしているお社です。旧記によると欽明天皇の御宇(ぎょう)(西暦540年)、はじめ高千穂峯のほど近く脊門丘(せとお)に社殿が建立されたが、その後たびたび噴火炎上し幾星霜を経て今から500年前現在の社地へ御鎮座になりました。いまの御社殿は第21代薩摩藩主島津吉貴公が1715年(正徳5年)に造営寄進されたもので、絢爛たる朱塗りの本殿、拝殿、勅使殿等その配置はまさに輪奐(りんかん)の美をなし、西の日光とも称せられる。特に殿内は漆塗りで二十四考の絵画、龍柱、床には鶯帳りが施されている。1874年(明治7年)2月「霧島神宮」と社号改定、官幣大社に列格仰せ出されました」(1枚目の写真は雪の霧島神宮)
    • 霧島民芸村訪問
    • 知覧観光~知覧は、「母ヶ岳の優美な姿を借景とし、260余年もの歳月を経200512241338000 て、歴史の息吹を今に伝える薩摩の小京都」だそうです。知覧武家屋敷群では、7つの国指定の名勝庭園を鑑賞することができました(2枚目の写真は佐多民子氏邸庭園)。同屋敷群の一角にある、築150年といわれる知覧独特の「二ツ家民家」を活用した食事処で郷土料理を楽しみました。
    • 開聞岳、白露酒造工場確認~霧島温泉で初めて味わった、白露酒造の芋焼酎「匠の華」がとても美味しくファンになりました。東京でも大きな酒屋さんでは売っています。
    • 指宿温泉泊~錦江湾を眺めながら、砂むし風呂を体験いたしました。背中と腿の裏が少し熱すぎるように感じました。
  • 第4日目
    • 城山観光~城山は南北朝時代に城が築かれていた標高107mの小高い丘で200512251202000あり、 西南戦争最後の激戦地です。ここの展望台からは、鹿児島市街地、桜島、錦江湾、そして大隅半島までの見事な眺望を楽しめます(3枚目の写真が城山から眺めた桜島と錦江湾)。
    • 仙巌園(磯庭園)観光~仙巌園(せんがんえん)は、第19代薩摩藩主島津光 久が1658年(万治元年)に別邸として建てたのが始まりだそうです。桜島を築山に錦江湾を池に観立てた雄大な借景を持ちます(4枚目の写真が仙巌園から観た桜島と錦江湾の借景、5枚目の写真が仙巌園内の磯御殿-内部の見学ツアーあり)。
    • 尚古集成館訪問~尚古集成館には、第28代薩摩藩主島津斉Himg0107_1彬により着手された殖産事業・集成館事業の一部が展示されています。本館の建物自体は旧集成館の機械工場でした。集成館事業については、パンフレットに次のように紹介されています。「1840年代、薩摩藩は開国・通商を求めるヨーロッパ諸国の烈しい外圧にさらされ、いち早く近代化に着手しました。 特に、1851年(嘉永4年)薩摩藩主となった島津斉彬は、ヨーロッパの国々のような強く豊か200512251341000 な日本を夢見て、集成館事業という非常にスケールの大きな近代化産業を推進しました。集成館事業は、鹿児島城下郊外の磯に築かれた工場群『集成館』を中核に、製鉄・造船・造砲・紡績・機械・印刷・出版・教育・製薬・精糖・ガラス・ガス・医療などさまざまな分野にわたっています。幕府や他藩の近代化が、軍事力の強化を主体としていたのに対し、集成館事業の場合は産業の育成や社会基盤の整備にまで及んでいました。人々が豊かに暮らせるようになれば自然とまとまる。人の和はどんな軍備よりも勝ると斉彬が考えていたからです。 斉彬は、幕府や藩といった枠を越え、日本人が一丸となって近代国家を築くべきだと主張していました。集成館事業は、薩摩藩だけではなく、日本全体を生まれ変わらせたいという斉彬の思いのこもった大きな事業だったのです。 1858年(安政5年)、斉彬は病死し、斉彬の夢は弟の久光や娘婿の忠義、西郷隆盛・大久保利通ら多くの家臣達に受け継がれました」
    • 薩摩ガラス工芸訪問~薩摩切子が有名です。
    • 鹿児島空港でレンタカー返却、空港出発~薩摩料理は、薩摩揚げ(本場のものは一つひとつが小振りです)、きびなご、黒豚が美味しいです。
  • 島津藩 自治は革命 命懸け

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2006年12月24日 (日)

全都道府県訪問#39 宮崎県

 ちょうど1年前、全都道府県訪問の一環で宮崎県と鹿児島県を訪れました。今回は宮崎県訪問の報告です。

  • 第1日目
    • 宮崎空港到着、レンタカー借用~当日朝鹿児島県北部は数10年振りとかのHimg0087_2大雪に見舞われ、鹿児島空港は閉鎖されていました。もし宮崎空港ではなく鹿児島空港に向かっていたらフライトはキャンセルされていたはずで、最初から幸運の女神が微笑んでくれました。宮崎空港でも雪が降ったそうですが、昼前に到着した時には消えていました。
    • 青島観光、青島神社参詣~とにかく吹きさらしで、風がとても冷たくライナーをHimg0090_1外したコートではかなり寒い思いをしました。青島は周囲1.5㎞の小さな島ですが、海幸彦、山幸彦の神話の舞台であり、島の中央には山幸彦を祀った青島神社があります。神社には、巨人軍の選手が春のキャンプ時に奉納した絵馬が沢山掛かっていました。また、島にはビロウ樹(椰子科の植物)等の亜熱帯植物が生い茂っていました。そして、島の周りは「鬼の洗濯板」と呼ばれる面白い波状岩で囲まれていました(1枚目の写真が青島神社の鳥居と鬼の洗濯板)。
    • 青島泊~翌朝、ホテルから日向灘に昇る日の出を観ることができました(2枚目の写真)。
  • 第2日目
    • 堀切峠観光
    • サンメッセ日南訪問~京都一燈園の創始者で、日本の聖フラHimg0093_1ンシスコとも、あるいは日本のガンジーとも称される西田天香の遺徳のよって造られた太陽と南洋のパーク(公園)です。イースター島のアフ・アキビという名前の付いたモアイ7体を正式な許可を得て復刻したものが並んでいる様は、壮観でした(3・4枚目の写真が7体のモアイ像)。これは、イースター島のモアイ像を修復した日本チームに感謝し、復刻が許可されたものだそうです。
    • 鵜戸(うど)神宮参詣~鵜戸神宮は鵜戸崎の海蝕洞の中に建Himg0094_3ち、神武天皇の父の生誕地といわれているそうです。境内から眼下に望む海岸にある、亀石の甲羅の窪みに素焼きの玉を投げ入れ、入れば願いが叶うといわれるものがありました。7個の玉を購入し、7回チャンスがある訳ですが、男性は左手で投げなければいけませんでした。それでも、私は3投目に見事に入れることができました。
    • 飫肥観光~飫肥は、日本外交の基礎を築いた明治の外交官・小村寿太郎Nec_0095 出身地です。彼は、1905年(明治38年)首席全権大使として米国ポーツマス市で日露戦争終結のための交渉をロシアと行い、日露講和条約を締結することができました。飫肥城では、豫章館(藩主伊東家の屋敷と庭園)、松尾の松(江戸時代の藩主の御殿を再現)、飫肥城歴史資料館(飫肥藩ゆかりの品々を展示)、国際交流センター小村記念館(小村寿太郎侯の資料館、国際交流。文化的行事にも活用)、そして商家資料館(飫肥商人の暮らしに触れる)を見学しました(5枚目の写真は飫肥城大手門)。また、名物おび天を食しました。
    • 鹿児島県へ移動~多分台風による崖崩れのせいで飫肥街道から都城へ抜けるルートが閉鎖されていたため、かなり遠回りになりましたが宮崎自動車道を利用して鹿児島県に入りました。
  • 遥か明治 飫肥が育む 外交力

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2006年12月22日 (金)

12月の銚子・犬吠埼

Himg0151  先週末、関東最東端といわれる銚子・犬吠埼を、愛車レクサスIS250を駆って1泊2日で訪ねて参りました。12月は、地軸の傾きのせいで、日本最東端の北海道納沙布岬より日の出の時刻が早い、つまり日本一早く日が昇ること(午前6時30分頃)で有名なところです。しかし、真に残念ながら、今回は天気が曇りで日の出を拝むことはできませんでした(1枚Himg0144目の写真はホテルから眺めた犬吠埼)。
 (注)島嶼部を考慮する と、12月に日本一日の出の時刻が早いのは多分小笠原諸島だと思います。
 1日目は、犬吠埼灯台を登り、次に地球の丸く見える丘展望館を訪れました。犬吠埼灯台は、北緯35度42分28秒、東経140度52分07秒の地点にHimg0139建てられ、地上から灯火まで27m、水面から灯火まで52mの高さがあり、初点灯は 1874年(明治7年)11月15日とのことです(2枚目の写真は犬吠埼灯台と商店街)。(九十九里浜にちなんだ?)99段の螺旋(らせん)階段と16段の梯子を登ると展望デッキに出られ、360度のパノラマの眺望が楽しめます(3枚目の写真は灯台展望デッキから君ヶ浜を望んだもの)。地球Himg0150の丸く見える丘展望館(4枚目の写真)は、標高73.6mの銚子最高峰の愛宕山山頂にあり、屋上の展望台からの眺望は330度が海といわれ、文字どおり地球が丸く見えました。
 2日目は、ヤマサ醤油工場、ウオッセ21、屏風ヶ浦(びょうぶがうら)そして飯岡刑部(ぎょうぶ)岬展望館を訪ねました。醤油の醸造は漁業と並ぶHimg0153銚子の主要産業で、元々は醤油醸造の発祥の地紀州(和歌山県湯浅町が文字どおりの発祥の地)からおよそ400年前に製造法が伝えられたものだそうです。週末は工場が休業でビデオ案内のみでした。ウオッセ21は水産物卸売センターで、大抵のお土産はここで 揃えられます。屏風ヶ浦(5枚目の写真)は、銚子市の南西側、名洗(なあらい)から飯岡刑部岬展望館Himg0157_1のある刑部岬まで約9kmにわたって高さ40~50mの断崖絶壁が続いているエリアで、英仏海峡英国側ドーバーの「白い壁」にたとえられ「東洋のドーバー」とも称されているそうです。最後の飯岡刑部岬展望館からは、刑部岬から始まり南西方向に遠くに広がる九十九里浜(6枚目の写真)を一望するこ とができました。
 (注)13世紀に中国南宋から径山寺(金山寺)味噌の製法が現在の和歌山県由良町に伝わり、味噌樽にたまる汁を商品化したものがたまり醤油だそうです。
 最後になりましたが、さすがに水産物は活きがよく美味で、カンパチ、タイ、ハマチ、マグロ、イカ、タコ等に加えて、キンメダイ、サワラ、サンマ等も生で食しました。

  • 海の道 紀伊から房総 醤油ロード

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2006年12月 8日 (金)

大エルミタージュ美術館展と上野公園の紅葉

Himg0112_1  先週末上野公園(上野恩賜公園)にある東京都美術館で、大エルミタージュ美術館展を観て参りました。展覧会の副題が、「いま甦る巨匠たち400年の記憶」そして「ヴェネツィア派からモネ、ゴーギャン、ルノワール、ピカソまで」とあり、かなりの意気込みが窺えます
 この展覧会は3フロアーを使い、ロビー階に「Ⅰ家庭の情景」として20Himg0109点、1階に「Ⅱ人と自然の共生」として39点、そして2階に「Ⅲ都市の肖像」として21点、合計80点もの絵画が展示されておりました。いつものとおり進化した音声ガイドを利用して素早く鑑賞したわけですが、私の印象に残ったものは、フラマン、クナウス、ルノワール、ゴーギャン、マチス、ルソーらの絵画でした。ゴーギャンの絵は本展覧会のテーマの絵にもなっております。このHimg0110_1展覧会の会期は、クリスマスイブ、12月24日(日曜)までです。まだご覧になっていない方は早めにいらして下さい。

 エルミタージュ美術館はロシアのサンクトペテルブルグにあります。サンクトペテルブルグは、ロシア皇帝ピヨトール1世が何もないところに一からHimg0114_1築き上げたロシアの首都です。エルミタージュとはフランス語で「隠者の庵」という意味らしく、元々はエカテリーナ2世の絵画コレクションをプライベートに展示していた場所(王宮)であったそうです。後に一般に公開される訳ですが、展示室が約1000もあり、鑑賞するために歩く総距離が何と28㎞もあると聴かされ、とても驚きました。ロンドンの大英博物館、パリのルーブル美術館と併せて、世界の三大博物館と呼ばれているそうです。

 ところで、上野公園は紅葉の真っ盛りでした。紅葉の写真を説明します。Himg0107上から、①東京国立博物館(左下隅)と紅葉、②水上音楽堂近くのモミジの紅葉、③不忍池・ボート池と紅葉(上野精養軒が右上隅にわずかに観えます)、④噴水横の紅葉と月齢11日位の月、⑤(突然新宿ですが)新宿中央公園の紅葉と水の広場でのフリーマーケット(蚤の市)(左隅)です。なお、上野公園は、江戸幕府三代将軍徳川家光の命により天海僧正によって1635年(寛永2年)に建立された寛永寺の境内跡だそうです(出展「江戸下町情緒―上野恩賜公園」)。

  • 紅葉と エルミタージュの 競演か

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2006年11月20日 (月)

日光山輪王寺逍遥園の紅葉

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 普段は見落としそうな日光山輪王寺の逍遥園(しょうようえん)ですが、紅葉の季節には外せません。園内の解説板によれば、次のとおりです。

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     逍 遥 園
 この庭園は、逍遥園といい、江戸初期の造園、小堀遠州の作と伝える回遊式庭園である。
 池を中心に、鶴亀に擬した中島と岬とが配置されており、四季折々の風情に富み、花木が織りなす美しさは格別である。かっての当輪王寺法親王宮の本坊の庭として、今に伝えられている。
 江戸後期の儒者佐藤一斎は、庭園の勝処八景をあげて「逍遥園」と名づけた。

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 写真の説明をします。それぞれ、1枚目が青空と紅葉、2枚目が紅と黄の紅葉のグラデーション、3枚目が足元の綺麗な苔、4枚目が池と紅葉、最後の5枚目が見事に紅葉した1本のモミジです。

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  • 上人の 信仰が今に 輪王寺

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2006年11月19日 (日)

日光山内の紅葉

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 やはり日光のハイライトは、世界遺産に登録されている、日光山内の二社一寺です。(社)日光観光協会オフィシャルサイトのパーフェクトガイドによれば、日光山内とは次のとおりです。

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 日光山内という地名は、日光東照宮、日光山輪王寺(りんのうじ)、二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)、輪王寺大猷院(たいゆういん)のある一帯をさす。日光市街とは大谷川(だいやがわ)が境となり、市街から日光橋(または徒歩で神橋)を渡ると日光山内に入る。
 2つの神社(日光東照宮、日光二荒山神社)と1つの寺(大猷院を含めた日光山輪王寺)を、一般に二社一寺と呼び、二社一寺共通の拝観券もある。
 日光の歴史は勝道上人(しょうどうしょうにん)から始まる。開祖である勝道上人は、下野国芳賀郡(しもつけのくにはがぐん)(現在の栃木県真岡(もおか)市南高岡)の人で、735年(天平7年)に生まれた。7歳のある夜、明星天子(みょうじょうてんし)が夢に現れ、「仏の道を学び、日光山を開け」と告げたという。お告げに導かれ、勝道上人と10人の弟子は766年(天平神護2年)に大谷川を渡り、782年(天応2年)に二荒山(男体山)山頂を極め日光を開いた。

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 二社一寺を巡る日光山内の歩きは、日光山輪王寺⇒日光東照宮⇒二荒山神社⇒輪王寺大猷院と回るのが正式順路のようです。ご存知のとおり、日光山輪王寺(天台宗三本山の一つ)と二荒山神社は勝道上人が創建したものです。しかし、日光東照宮は、死後朝廷から東照大権現という神号を贈られた徳川家康を神として祀る霊廟(神社)です。また、輪王寺大猷院は徳川幕府3代将軍・徳川家光が眠る霊廟(寺院)で、大猷院とは死後家光が朝廷から賜った法号の頭文字を組み合せたものとのことです。

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 写真を説明しますと、上から1枚目が表参道の紅葉、2枚目が輪王寺三仏堂と紅葉、3枚目が輪王寺逍遥園(別記事で紹介)に入ってすぐの見事な紅葉、4枚目が東照宮表門(仁王門)から一ノ鳥居(石鳥居)方向(その先に表参道があり、そのまた先は江戸・東京方向といわれています)を望んだ紅葉、5枚目がたまたま展示されていた東照宮菊花展優秀作品、6枚目が二荒山神社大鳥居すぐ横の大猷院仁王門付近の見事な紅葉です。

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  • 日光は 維新・戦災を 乗り越えて

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2006年11月18日 (土)

日光の滝と紅葉#2(華厳滝・霧降滝)

 いよいよ華厳滝です。エレベータ(有料)で降りると滝壺近くの観瀑台に出られますが、そこの御案内板によれば次のとおりです。

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 男体山の噴火で生まれた中禅寺湖の湖水が大尻(おおしり)川となって流れ出し、この大岩壁から一気に落下する壮大な雄姿が華 厳滝です。
     高さ     97.0m
     落口巾     7.0m
     滝壺深さ    4.5m
     落水量 (毎秒1.3トン)
(注:落水量の数字はその日の水量により変更されます。この日の水量は多い方だと思います)
 華厳滝を囲むこの岩盤壁は上部から安山岩、集塊岩、石英斑岩とで形成さ れ中段の細い滝の数々は十二滝と呼ばれています。滝の流れは観瀑台直下の涅槃(ねはん)滝にかかり大谷(だいや)川となって鬼怒川に合流しています。

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 写真の説明をします。上から1枚目は滝壺近くの観瀑台から撮った華厳滝全容、2枚目は同じ観瀑台から滝上部と柱状節理、3枚目が駐車場横の観瀑台から見下ろした滝壺です(紅葉は落葉でした)。

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 また、(社)日光観光協会オフィシャルサイトのパーフェクトガイドによれば、自殺の名所になったいきさつも含めて次のように紹介している(一部抜粋)。

 日光には四十八滝といわれるくらい滝が多いが、最も有名なのが華厳滝である。高さ97mをほぼ一気に落下する 豪快さと、自然が作り出す華麗な造形美の両方をあわせ持つ。和歌山県の那智の滝、茨城県の袋田の滝とともに「日本の三大 名瀑」とも呼ばれる。名称は涅槃滝、般若(はんにゃ)滝などと一緒に仏典の「釈迦の五時教(ごじきょう )」から名づけ  られたらしい。
 滝を間近で観覧できるようになったのは、1900年(明治33年)。7年もの歳月をかけて星野五郎平(ごろべい)が滝壷近くに茶屋を開 いた。そして1903年(明治36年)5月、18歳の旧制一高生であった藤村操がミズナラの木に「巌頭之感」を書き残 して投身自殺をして以来、自殺の名所にもなってしまった。堅い岩盤をくり抜いたエレベーターが営業を開始したのは1930年(昭和5年)になってからであ る。
 6月にはたくさんのイワツバメが滝周辺を飛び回る。1月から2月にかけては十二滝と呼ばれる細い小滝が凍るため、華厳滝はブルーアイスに彩られる。

 藤村操の「巌頭之感」やその背景については、「小さな資料室」の資料にとても詳しく掲載されています。以下に、明治のリアリティを出すために、「巌頭之感」を元々使われていた旧字体の漢字を含めて引用します。藤村操の死は、彼が通っていた旧制一高で英語を教えていた夏目漱石にも影響を及ぼしているようです。漱石は藤村が予習をしてこなかったことで藤村を叱っていたため、藤村の死は自分が原因のように思ったようです。後に、藤村の死は麹町の女子学院に通う1歳年上の馬島千代さんへの片思い(プラトニックラブ)が引き金という説の証拠となる「恋人への遺書」が偶然見つかったりして、新しい展開があるようです。

     巌 頭 之 感
悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て
此大をはからむとす。ホレーショの哲學竟に何等の
オーソリチィーを價するものぞ。萬有の
眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。
我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の
不安あるなし。始めて知る、大なる悲觀は
大なる樂觀に一致するを。

Photo_3

 日光の滝を見るためには、もちろんいろは坂を登り、下った訳です。山道でも、愛車レクサスIS250は快適でした。4枚目の写真は雪の中禅寺湖、5枚目の写真はいろは坂のふもとの大谷川岸の駐車場のドウダンツツジと山の紅葉です(右端に愛車IS250の鼻先が観えます)。

1_4

 日光の最後の滝は霧降滝です。日光市街から霧降高原道路の方向に少し上ったところにあります。6枚目の写真は山のレストランの2階の展望室から撮ったものです。山の見事な紅葉の中に、二段になった霧降滝が優美に流れ落ちています。滝は、上段が25m、下段が26m、高さが75mあるそうです。

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  • 真っすぐに 落ちる奔水 すべてを絶つ
  • 天上の 滝と紅葉 彩の国

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2006年11月17日 (金)

日光の滝と紅葉#1(湯滝・竜頭滝)

 那須高原は紅葉も終盤で、モミジが少ないため、何となく全体が褐色で華やかな色合いに欠けるような感じでした。ただ、那須高原は広大で、いろいろなアミューズメント施設があり、商店もレストランもホテル・旅館もそろってります。そして、温泉もあるし、牧場もあるし、御用邸もあり、まず飽きのこない場所のようです。
 那須はこれくらいにして、日光の滝と紅葉(ほとんどが落葉ですが)をご紹介します。上流から下流方向に紹介して参ります。まず奥日光湯元温泉にある湯ノ湖から流れ落ちて、湯川に注ぐ湯滝(1枚目の写真)です。湯滝は高さ75m、幅25m、落差50mの結構大きな滝です。この日は雨で水量が多く、私の知っている岩肌を薄い絹衣のように流れる滝とは相当にイメージが違いました。

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 次に、湯川が戦場ヶ原を流れ下り、菖蒲ヶ浜で中禅寺湖に注ぐのですが、その少し上流側に竜頭滝(2枚目の写真)があります。男体山(なんたいさん)噴火により流出した溶岩の上を210mにわたって、階段状に流れ落ちています。滝壺近くで大きな岩によって二つの流れに分断されていますが、滝壺に流れ落ちる様子を正面から観ると竜の頭に似ていることから名付けられたといわれます。確かに写真をじっと眺めていると、中央部分が竜の頭と顔に見えて参りました。10月中旬であれば、竜頭滝の両側にモミジがあり、滝と紅葉の見事な コントラストが観られるはずでした(末尾のアフィリエイト広告の写真を見て下さい)。滝壺の横にあり、そこから竜頭滝を眺める龍頭之茶屋に、面白い「水五則」がありましたので、以下にご紹介します。

1_2

     水 五 則
一、自ら活動して他を動かしむるのは見ずなり
一、常に自己の進道を求めてやまざるは水なり
一、障碍に逢い激してその勢いを百倍し得るは水なり
一、自らを清うして他の汚れを洗うは水なり
一、洋々として大洋をみたし発しては蒸気となり雲となり雨となり雪と変じ霧と化し凝っては玲瓏たる鏡となりてしかもその本性を失わざるは水なり
         九十五叟 雲巌 憲道

 さて、いよいよ次は華厳滝(3枚目の写真)ですが、長くなってきましたので次の記事にします。

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  • 岩肌を 流れる水の 清らかさ
  • 千変の 水に守られし 奥日光

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2006年11月16日 (木)

塩原温泉もみじ谷大吊橋と紅葉

 日塩もみじラインを抜けると、塩原温泉・塩原渓谷の地域に入りました。この地域の紅葉もちょうど見頃でした。渓谷の散策ルートもあり、途中に滝や混浴露天温泉風呂等もあるのですが、時間がなかったので近年1999年(平成11年)4月に完成したもみじ谷大吊橋に向かいました。この橋は箒(ほうき)川に架かる全長320mの日本一の無補剛桁(ほごうげた)歩道吊橋で、総工費5億8千万円をかけたものだそうです。何が日本一かは橋の解説板によれば、次のとおりです。

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 なぜ日本一なの?/もみじ谷大吊橋は、長さが320m、歩く幅が1.5mの「無補剛桁」という形式の歩道吊橋です。歩道吊橋の型式には、耐風索(横揺れを防ぐワイヤーロープ)があるものやないものがあり、耐風索があるものは、一般的に「無補剛桁」という型式です。耐風索がないものには、重橋床桁・ボックス桁・トラス桁という型式があります。それぞれの型式で日本一長い吊橋がありますが、このもみじ谷大吊橋は、「無補剛桁」という型式の吊橋では、今まで日本一だった315mの吊橋を抜いて、日本一の長さを誇る無補剛桁歩道吊橋になりました。

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 実際に大吊橋を渡ると、橋の上にいる人数が少なければ余り揺れないのですが、数十人が同時に渡るとかなり揺れます。写真は、上から大吊橋を渡った対岸から見たもみじ谷大吊橋と紅葉(水面は塩原ダムの湖面です)、次に大吊橋の上から望んだ箒川上流方向の紅葉、最後に対岸からダム湖面越しに望む紅葉です。

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  • 塩原の 大吊橋の 新名所

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カエデ、モミジ Book カエデ、モミジ

著者:川原田 邦彦
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2006年11月15日 (水)

日塩もみじラインの紅葉

 龍王峡を訪れた後、日光(龍王峡)と塩原温泉を結ぶ日塩もみじライン(有料道路:600円)を走りました。紅葉したモミジの下を愛車レクサスIS250で走り抜けるのは、とても気持ちのいいものでした。栃木県道路公 社のホームページによれば、日塩もみじラインの目的は次のとおりです。

2

 この道路は、元来県道藤原西那須野線として、日光国立公園内の日光・鬼怒川地区と塩原・那須地区を結ぶ主要な観光及び産業道路として、1938年(昭和13年)に建設されたものですが、幅員、曲線半径、視距、路面(砂利道)等が車両通行に対応していないため、円滑な通行を阻害していました。
 こうした状況の中で、モータリゼーションの発達に伴い観光の増大と広域化が進み、地域住民や観光旅行者の間に早期改良舗装を要望する声が強まったことを受け、有料道路事業として、藤原西那須野線の一部28.1㎞を改良舗装して交通の円滑化を図り、観光及び産業の発展により、住民の福祉の増進に寄与することを目的に建設し、1972年(昭和47年)10月に供用開始しました。

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 日塩もみじライン沿いにはスキー場も整備されており、冬季も含め有料で通年開通しているようです。特に、元々の雑木に加え、ライン沿いにモミジが多分住民の手で植えられており、標高の高低により美しい紅葉のグラデーションを楽しむことができました。本当に日本有数の紅葉鑑賞ドライブコースです。写真は上から、川治ダムと五十里ダムを望むポイントから逆方向に望んだ紅葉、ライン途中の見事な紅葉、そして紅葉ともみじライン(左端に愛車IS250がわずかに観える)です。

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  • 陽を透す モミジの彩に 息をのむ

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2006年11月14日 (火)

龍王峡の紅葉

 今月上旬に那須に私的な用事があった際に、思い切って龍王峡、日塩もみじライン、塩原、日光に立ち寄り、紅葉狩りをして参りました。まず、龍王峡です。現地の解説板によれば、龍王峡の地形・地質は次のとおりです。

1

 龍王峡は第3紀中新世の頃(約2,200万年前)、海底火山の活動で安山岩が流出しました。これが上流部の紫龍峡です。次に流紋岩の活動があり、火山爆発による火山灰が堆積して緑色凝灰岩ができました。これが 青龍峡です。そしてその上に流紋岩が流出しました。これが下流部の白龍峡です。そして、その後も地下のマグマの活動があり、種々の岩脈があちこちに貫入しています。中新世末期(約1,400万年前)になると造山運動によって山地となり、以降鬼怒川の侵食作用により現在みられるような侵食谷ができました。

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 紅葉はちょうど見頃で、写真は上から、虹見の滝、虹見橋から望んだ白龍峡(鬼怒川)上流方向の紅葉、そして同じく虹見橋から望んだ白龍峡下流方向の紅葉です。

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  • 悠久と 歳の秋との 調和かな

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~癒し~ Vol.7 紅葉 DVD ~癒し~ Vol.7 紅葉

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2006年11月 5日 (日)

支笏湖とゆにガーデンの紅葉

5_1 4_1  先月末、支笏湖とゆにガーデンに紅葉を愛でに参りました。支笏湖の地理は、ウィキペディア・フリー百科事典によれば次のとりです。

 「北海道南西部に位置する。平均水深265m、最大水深2_51_4 363mは田沢湖に次いで日本で2番目に深い。面積は日本で8番目、カルデラ湖としては屈斜路湖に次いで2番目に大きい。
 湖の北側には恵庭岳、南側には風不死岳、 樽前山がそびえる。
 水深があるため、面積は琵琶湖の1/9に過ぎないが、貯水量は3/4に達する。それゆえに水温が下がりにくく、日本最北 の不凍湖でもある」

 支笏湖の写真を説明します。左側1枚目は湖畔のカエデの紅葉と左下隅にわずかに観える恵庭岳、右側1枚目は湖畔から望む恵庭岳、左右2枚目は湖畔のカエデの紅・黄葉のグラデーションです。

1_52_6 支笏湖の後、今夏にも訪れたゆにガーデンに参りました。すっかり晩秋の趣で、紅葉も最終段階でした。ガーデンは、昼間でもコートなしでは歩けないような気温と秋風でした。左側3枚目の写真はゆにガーデン全景、右側3枚目は見晴台から観たブロードウォークとコテージです。

  • 紅葉の グラデーション 水に映ゆ
  • 紅黄から 白への季節の 移ろいか

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自然ガイド 支笏・樽前 Book 自然ガイド 支笏・樽前

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2006年11月 4日 (土)

中島公園と滝野公園の紅葉

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 先週末札幌北高に寄ったついでに、中島公園と滝野すずらん丘陵公園(滝野公園)の紅葉を愛でに参りました。中島公園の概要は、ウィキぺディア・フリー百科事典によれば次のとおりです。

 「 札幌の中島公園は明治時代に中島遊園地として設けられた。1957年3月23日に都市公園告示、面積210,416m²。札幌市が管轄し札幌市公園緑化協会が管理する。公園内には、コンサートホール、文学 館、天文台、重要文化財の豊平館と八窓庵など様々な施設が立地し、中を鴨々川が流れる」

34   中島公園は、元々は豊平川と鴨々川の流れの間にあった土地で、その名称もこれに由来しているそうです。また、現在公園内にある菖蒲池は、 明治の初めは貯木場であったようです。
 中島公園の紅葉は、ナ5ナカマドとカエデ1_2(モミジ)の赤、カエデとイチョウの黄が主体です。写真の説明をしますと。左側1枚目がナナカマドの紅葉、右側1枚目が菖蒲池の小島にあるカエデの紅葉とそれに半分隠れた豊平館、左側2枚目がカエデの紅・黄葉のグラデーション、右側2枚目が弥彦(伊夜日子)神社近くのカエデの紅・黄葉、左側3枚目が北海道文学館近くのイチョウの黄葉です。

2_31_3 次に滝野公園に向かいました。駐車場でもらった滝野公園利用ガイドによれば、公園の概要は次のとおりです。

 「札幌中心部から、南へ車を走らせること約30分。標高160~320mの丘陵地帯に約400haの敷地を有する、北海道で唯一の国営公園です。北都・札幌市内にありながら、一歩足を踏み入れると、雄大な自然がおおらかな表情で迎えてくれます」

2_4Photo 滝野公園には、いくつかの滝もあり、その中でも特に「日本の滝百選」にも選ばれた「アシリベツの滝」(滝野の名の由来にもなっているようです)と、川を遡上する鱒が見上げたという伝説からその名が付いた「鱒見の滝」が有名です。滝野公園の写真の説明をします。右側3枚目がカエデの黄葉、左側4枚目が落差26mのアシリベツの滝、右側4枚目がアシリベツの滝からの流れ(厚別川か)とカエデの紅葉、左側5枚目が鱒見の滝に向かう途中の落葉のじゅうたん、右側5枚目が落差18m、幅20mの優美な鱒見の滝です。

  • 中島の 明治を偲ぶ 紅と黄
  • 紅と黄 滝の流れに 北の秋

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2006年11月 3日 (金)

札幌北高 新校舎・百周年記念館落成

Photo  札幌北高 新校舎・百周年記念館落成 記念式典・講演会が、先週金曜日10月27日に札幌で開催されました。東京楡の会の会長から依頼があり、会長代理として出席して参りました。やはり、東京よりはかなり肌寒いものの、良い天気でした。地下鉄南北線で北24条駅まで往き、そこから北25条通りを西11丁目まで歩きました。本当に久々、何十年振りかの登校です。札幌北高は、4年前の平成14年(2002年)に創立百周年を迎えております(前身は北海道庁立高等女学校)。
Photo_1  記念式典は、午後2時40分から第1体育館にて来賓・教職員・在校生の出席の下、始まりました。中村現校長の話によれば、「新校舎は104年目にして第四代目の校舎。明治35年(1902年)10月27日(くしくも本式典開催と同じ月日)に、植物園の横に第一代目の校舎ができた」とのことでした。百周年記念会館は、在校生から名称募集を行い、「彩風館(さいふうかん)」と命名されました。この名は、同窓生(北高6期)で東京芸大名誉教授の福井爽人(さわと)先生にお願いして、描いていただいた記念絵画の名称「彩風の刻(さいふうのとき)」によっているものと想像されます。絵画は、彩風館ホール正面中央に飾られているとともに、陶版画のレプリカが新校舎正面入口ホールにも飾られております。
Photo_2  午後4時からは、百周年記念館落成記念講演会が彩風館(記念館そのもの)ホールにて執り行われました。記念絵画「彩風の刻」が除幕され、その後記念講演が福井先生と中村校長(司会)の対談形式で行なわれました。福井先生から「彩風の刻」に寄せられたメッセージ(絵の隣にやはり飾ってあります)は、「四季は巡り 飛び立ちの時は来る 若人の未来に幸いを」でした。先生がおっしゃるには、「『彩風の刻』の解釈は北高に任せる。私が何か言ってイメージが止まってはいけないと思う。『彩雲』という語はあるが『彩風』という語はない。私の創作かもしれない」とのことでした。
 写真は、上から新校舎正面、彩風館外観、そして絵画「彩風の刻」です。いずれも札幌北高からいただいた写真を携帯で撮影したものです。

  • 百年を 越えた母校に 新息吹き

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福井爽人画集 Book 福井爽人画集

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2006年10月14日 (土)

久々の鎌倉・横浜(東慶寺・明月院・鶴岡八幡宮・横浜山下公園・横浜中華街)

 先週末久々に鎌倉と横浜に行って参りました。新宿から鎌倉に往くには、JR湘南ライナーが本当に便利です。
 北鎌倉で下車し、私の好きな鎌倉の寺の一つ、東慶寺を久々に訪れました。東慶寺は、禅・臨済宗の寺ですが、元々は北条時宗夫人の覚山尼が時宗の没した翌年1285年(弘安8年)に建立した尼寺だそうです。覚山尼は縁切寺法を定め勅許を得たといわれ、東慶寺は駈入寺あるいは縁切寺として多くの女性を救ったそうです。1873年(明治6年)に女性からの離婚請求が法的に認められるまで、約600年間女性の味方だったようです。ちなみに北条時宗はJR横須賀線と街道を挟んで向かいにある円覚寺に眠っているそうです。
20061007 東慶寺は鎌倉でも有数の花寺であり、10月とはいえ花がいろいろ咲いておりました。藤袴、秋明菊、野菊、ホトトギス、コスモス、芙蓉、山茶花等が秋の風情を湛えて競っておりました。その中でも特に、小さな可愛い花をちらほらと付けたフユザクラ(1枚目の写真)が人目を引いておりました。ここには哲学、文学、美術等の分野の有名人のお墓が沢山ありますが、一Nec_0092番目立つのは、東京オリンピックで日本の女子バレーボールチームを金メダルに導いた大松博文 監督(後に自民党から参議院議員に当選しました)のお墓です。
 次に、明月院に寄りました。この寺は紫陽花寺として有名ですが、紫陽花の季節ではないので割りと静かに見学できました。本堂の前に枯山水Nec_0093の庭園(2枚目の写真)があり、そして脇の開山堂の周りに大きなやぐら(お墓)がありました。その後、鶴岡八幡宮まで歩きお参りした後、鎌倉から横浜へ向かいました。横浜山下公園で十六夜の月(3枚目の写真)を見物しました。その後横浜中華街にある広東料理老舗の聘珍樓横濱本店で、フカヒレ姿煮を含むとても美味しい料理を楽しみました。

  • 昔から 花と女の 東慶寺

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Book 東慶寺と駆込女

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2006年9月26日 (火)

丸駒温泉での高校恩師の古希祝い

 先々週末北海道の丸駒温泉で、札幌北高のクラス担任だった恩師の古希のお祝いを盛大に開催して参りました。先生はまだまだお元気で、「北海道教育史」なるものを執筆し、退職校長会の事務局長を務める傍ら、野球、囲碁、そしてテーマのある夫婦旅行の三大趣味を楽しんでおられます。私のプロジェクト、全都道府県訪問と同様のテーマも、昨秋高知県訪問を最後に完了されたと伺っております。最近入れ歯が増えて来ているようですが、まだまだ大丈夫とお見受けいたしました。
 このお祝い会(兼クラス会)には21人ものクラスメートが出席しました。男性が12人、女性が9人でした。クラスには50人(男性32人、女性18人)在籍しておりましたが、残念なことに男性1人と女性1人が亡くなってしまったので、今は48人になっております。したがって、全体の出席率は44%、男性が39%で女性が53%になりました。この出席率には正直なところ驚きました。先生の人徳とクラスのみんなの気持ちの賜物だと思います。そして、幹事の皆様、いろいろな余興の準備や小冊子の作成など、真にありがとうございました。
 さて、誰が誰か分かったのでしょうか。時間の経過とともに、外観が一番変わるところが、頭髪と体重です。これが余り変わっていないクラスメートは一目で誰か判別できる訳です。そうでない場合は、しばらく話をすると、その内容から大体想像が付くものです。今回は、高校卒業以来初めて再会した人もおりましたが、誰かが分かれば、途中の何十年かは素っ飛ばして、即座にいろいろな思い出が湧き出してきて昔に戻ることができました。長時間にわたる宴会(一次会)の後、日帰り予定の3人が帰りました。そして、二次会に突入しましたが、話は尽きず丑三つ時まで寝る人はほとんどおりませんでした。
 ところで、丸駒温泉は、支笏湖の北岸にある温泉で、1915年(大正4年)Himg0006創業で90年以上Himg0005の歴史があります。特に、1967年(昭和42年)までは陸路がなく、舟が唯一の交通手段であったという、真に風情のある温泉でした。当日はとてもいい天気で、丸駒温泉から支笏湖越しに右側を観れば風不死岳(ふっぷしだけ)が望め(右側の写真)、左側を観れば紋別岳が望めました(左側の写真)。お風呂は2年前に全面改装されたということで、新しいとても気持のいい設備になっておりました。ただし、支笏湖の湖面と同じ高さであるという、天然露天風呂は昔のままで、大正時代からの記憶を留めておりました。
 翌日も好天気でした。2グループに分かれ、大半は札幌芸術の森を鑑賞に行き、3人が滝野のゴルフ場へ向かいました。私は下手なゴルフでしたが、秋晴れの清々しい北海道でのプレーを心底楽しみました。皆さん、ありがとうございました。

  • ふるさとを 語りつくせぬ 熱き思い

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自然ガイド 支笏・樽前 Book 自然ガイド 支笏・樽前

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2006年9月 6日 (水)

全都道府県訪問#42 和歌山県#5(南紀勝浦・串本)

 2日目の午後、那智勝浦町に着くと小雨模様でした。勝浦港から紀の松島めぐり遊覧船Himg0176に乗る前に腹ごしらえをすることにしました。勝浦漁港近くの鮮魚店が経営している食堂で鮪等を味わうことにしました。注文したのは、鮪の刺身と金目鯛の煮付けです。鮪は勝浦漁港が延縄漁法による生鮮鮪の水揚げ日本一ということから、また金目鯛はここでもよく獲れ、そして昔食した伊豆稲取の金目鯛の煮付けがとても美味しかったことを思い出したからでしHimg0192た。若干心配だったのは、数年前伊豆下田の鮮魚店経営の飲食店で2,000円程度の鯛の刺身を頼んだら、結構大きな鯛が1匹まるまる出て来て、食べるのに苦労し、結局後で蕁麻疹にも悩まされた苦い思い出があったことです。でも心配は無用でした。鮪(多分キハダマグロか)はトロと中トロばかりで、したがって量はさほど多くはなく、でも味は最高でした。金目Himg0194鯛もとても美味しく、身はほとんど一切れも残しませんでした。一つ残念だったことは、南 紀の魚はとても新鮮で美味しくまた南高梅の梅干しも美味なのですが、ご飯が柔らかすぎて今一つなことでした。関東では、新潟、東北そして最近は北海道の美味しい米を食べているからでしょうか。紀の松島遊覧は、天候が小雨模様のためか充分楽しめませんでした(1枚目Himg0195 の写真は紀の松島・洞窟の鶴島)。しかし少々驚い たのはホテル浦島の忘帰洞というお風呂が港側から太平洋側に突き抜けており、遠くからですが遊覧船から丸見えだったことでした(当然男湯です)。
 3日目雨降りの那智山を観光してから、お天気の串本町に向かいました。まず橋杭岩を 観光しました(2枚目の写真)。これらの岩は、硬い石英Himg0197 斑岩という火成岩の岩脈が隆起し、荒々しい黒潮の波に侵食されてできたものだそうです。次に本州最南端の潮岬に向かいました。ここは、東経135度46分、北緯33度26分だそうです。潮岬観光タワーに登ると、本州最南端訪問証明書を発行してくれました。この観光タワーから潮岬灯台方向を写したのが3枚目の写真、そして望楼(昔海軍の望楼つまり物見櫓がHimg0200 あった)の芝生方向を写したのが4枚目の写真です。最後に串本海中公園に着き、水族館を一通り眺め、沖合140m、水深6.3mにある海中展望塔で海中を観ることができました。5枚目の写真は海中展望塔から観たテーブルサンゴ、6枚目の写真は海中展望塔と海中観光船ステラマリスです。
 串本海中公園にて今回の南紀の旅は終わりとし、白浜町へ戻り空港へHimg0201 向かいました(最後の写真は、旅行中世話になったレンタカー)。

  • 黒潮が 運ぶ豊かな 南紀の海

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南紀潮岬殺人事件―旅行作家・茶屋次郎の事件簿 Book 南紀潮岬殺人事件―旅行作家・茶屋次郎の事件簿

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2006年9月 5日 (火)

全都道府県訪問#42 和歌山県#4(熊野三山)

 2日目から3日目にかけて、世界遺産でもある熊野三山を参詣して参りました。熊野三山とは、熊野本宮(ほんぐう)大社、熊野速玉(はやたま)大社、そして熊野那智大社の三つの神社を併せた総称です。この三山は紀伊半島南東端にあり、それらを直線で結べば直角三角形になるそうです。熊野古道は、熊野三山への参詣道であり、熊野詣は10世紀から15世紀にかけて盛んに行われ、蟻の熊野詣といわれたそうです。本宮⇒速玉⇒那智の順で巡るのが、中世以来の順路とか・・・。今回はそんなことは知らずに、熊野行幸のメインルートである中辺路(なかへち)に沿った現代の自動車用舗装道路を、この順路で巡ったことになりました。

Himg0168 熊野本宮大社は、山深き本宮町にあり、一の鳥居から158段の石段を上って参詣します(1枚目の写真)。本宮大社のご由緒は次のとおりです。

 当宮は熊野三山(本宮、新宮、那智)の首位を占め、全国に散在する熊野神社の総本宮で、熊野大権現として広く世に知られています。ご主神は、ケツミコオオカミ(家津御子大神)即ちスサノオノミコト(素戔嗚尊)と申し、樹木を支配される神であり、紀国(きのくに=木の国)の語源もここから起こっております。

 本宮大社は元々は熊野川の中州の大斎原(おおゆのはら)にあったが、1889年(明治22年)の大洪水により倒壊、流失したため、2年後に現在地に一部は元の社殿の古材を使って再建されたそうです。大斎原には、今は日本最大といわれる鳥居が建っています。

 熊野速玉大社は、新宮市、熊野川河口近くにあります。本宮大社とは熊野川でつながっHimg0173 ていることになります。ご主神はクマノハヤタマオオカミ(熊野速玉大神)で、今は丹塗りの見事な社殿が並んでいます(2枚目の写真)。しかし、ここも本宮大社流失より6年前、1983年(明治16年)に火災焼失し、1953年(昭和28年)に再建されるま仮社殿だったといいます。新宮には、速玉大社つまり熊野信仰の源となった、神倉山の霊石ゴトビキ岩(天の磐盾)をご神体とする神倉神社もありますが、麓からチラッと眺めただけでした。
 速玉大社には、熊野御幸の碑があり、次に引用するとおり140回の皇室参詣があったとのことです。その中でももっと多いのは後白河上皇の33度(那智大社では34度と書いてありました)だそうで、平安末期の源平時代の荒れた世相を反映していたのかもしれません。

 中世、宇多上皇(第59代天皇)の延喜7年(西暦907年)から玄輝門院の嘉元元年(西暦1303年)までの396年間に上皇、女院、親王を合せて御23方、140回に及ぶ皇室の御参詣があり、これを熊野御幸と言って熊野三山史に不滅の光彩を放っている。

 3日目の朝に紀伊勝浦町の那智山にある熊野那智大社に参詣しました。麓は晴れていHimg0179 たのですが、車で山登りをしていると、かなりの雨模様になって参りました。晴れ男のはずの私にとっては、久々の雨降りの朝でした。表参道の473段の石段を上ったところに那智大社の境内が広がっていました。ご主神は、本宮大社と同じスサノオノミコトで、丹塗りの鮮やかな社殿が建っています(3枚目の写真)。
 そしてすぐ隣には、西国33所1番札所の那智山青岸渡寺(せいがんとじ)がありました。Himg0190現在残る本堂(如意輪堂)は1590年(天正18年)に豊臣秀吉が寄進したもので、南紀最古で重要文化財に指定されているそうです。両者がこんなに近いのは、明治の神仏分離令までは青岸渡寺は那智権現(那智大社)に属していた如意輪堂であったためだそうです。逆に言うと、熊野では神仏習合がいかに進んでいたかということで、当時は何とスサノオノミコトは阿弥陀如来、クマノハヤタマオオカミは薬師如来の仮の姿とされていたようです。
 那智山のハイライトはやはり落差133mの那智の滝です(4枚目の写真)。ここには滝を神 体とした飛瀧(ひろう)神社があります。古く神武天皇が熊野灘から那Himg0167 智の浜に上陸した時に那智山に白く輝く滝を発見し、これを神として祭ることとしたといわれます。また、神武天皇を案内して大和まで導いたのがヤタガラス(八咫烏)といわれています(5枚目の写真は本宮ヤタガラスの社と大社入口の神門)。そういえばヤタガラスは明治時代から日本サッカー協会のシンボルマークです。

  • 熊野の地 神話とともに 幾千年

【参考文献】 井上宏生著 「神さまと神社―日本人なら知っておきたい八百万の世界」 2006年 祥伝社刊

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2006年9月 4日 (月)

全都道府県訪問#42 和歌山県#3(南紀白浜#2)

Himg0159  三段壁を後にして、千畳敷へ向かいました。長い歳月にわたり波が海岸のHimg0160岩を浸食し、幾重にも畳を重ねたような景観が出来上がっています(左側1枚目の写真)。次に白浜海中展望塔(コーラルプリンセス)を訪れました。沖合100m、高さ18m、水深6mの全天候型展望塔でした。そして、白浜の温泉街を一望するた め、標高118mの平草原(へいそうげん)に登りました。全 長600mといわれる真っ白い砂浜「白良浜(しららはま)」を中心とした白浜Himg0161温泉街がよく見えました(右側1枚目の写真)。
 白良浜が目の前のホテルにチェックインした後、円月島の夕日を見るために海岸へ散歩に出ました。権現崎を回るとちょうど日没の頃、茜色に染まる空と円月島を撮ることができました(左側2枚目の写Himg0164真)。夜はメッセージ花火の打上げが、白良浜で行われました。これは、花火に誰かに贈るメッセージが添えられた(もちろん放送される訳ですが)ものです。

Himg0162  翌朝(2日目)やや早起きをして、円月島のある臨海地区から乗れるグラスボートに乗ることにしました(右側2枚目の写真)。沢山の魚と珊瑚、そして海女さんの水中ショーを見ることができました。左側3枚目の写Himg0163 真は、ホテルの部屋から撮った南国情緒漂う白良浜で、右側3枚目の写真は、ホテルの白良浜側で沢山咲いていた赤いハイビスカスです。ここでは、ハイビスカスも露地植えでいいんですね。

  • 日に焼けて 南国白浜 堪能す

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2006年9月 3日 (日)

全都道府県訪問#42 和歌山県#2(南紀白浜#1 三段壁)

 南紀白浜空港(白浜町)に到着し、白浜駅前でレンタカーを借り、すぐ三段壁に向かいました。まHimg0152 ず、エレベータで地下36mの三段壁洞窟に降り、洞窟内を観光しました(1枚目の写真は洞窟内で砕ける波)。入場券の裏に印刷されている「名勝古跡 三段壁洞窟の由来」は次のとおりです。

 第五十代桓武天皇の頃、三段壁の沖合を航行する船から魔の牟Himg0149 婁(「むろ」と読むようです)沖と漁夫たちより恐れられた海賊〝多賀丸〟の隠し洞窟であり、年を経て源氏と平家が四国の屋島沖で対決した当時、熊野地方は敏捷果敢な熊野水軍の支配下にあって三段壁洞窟はその熊野水軍の〝船隠し洞窟〟でもあった。源平合戦の主戦場が屋島から壇の浦に移る頃、二百余隻の軍船に二千余人の勇猛な熊野水軍が決戦場壇の浦に向かって此処、田辺湾を進発せり・・・とあり。時を同じくして豪僧武蔵坊弁慶の活躍も記録されている。(白浜町 保存牟婁伝記より)

 源平合戦の頃は熊野水軍は熊野別当堪増(たんぞう)に率いられておりました。堪増はHimg0155弁慶の父であり、弁慶は義経に仕えている訳ですから、弁慶から当然熊野水軍に源氏応援の要請がありました。 堪増は元々平家方であったので、赤白の鶏による闘鶏七番勝負をやり白鶏(源氏方)が七番とも圧倒的勝利を収めるのを見て源氏加担を決めたというのは、有名な話です。昨年のNHK大河ドラマ「義経」思い出してしまHimg0157いました。
 三段壁は高さ50m、断崖絶壁が約2㎞も続く、勇壮な景観です。2枚目の写真が洞窟内から観た三段壁、3枚目の写真が展望台から見た三段壁、そして4枚目の写真が三段壁の断崖上から見た海です。やはりここには悲しい話も残っているようです。5枚目の写真をご覧下さい。「口紅の遺書詩Himg0158碑」がありました。

  • 三段壁 歴史の波にも 洗われて

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源平 海の合戦―史実と伝承を紀行する Book 源平 海の合戦―史実と伝承を紀行する

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2006年9月 2日 (土)

全都道府県訪問#42 和歌山県#1

 8月末に和歌山県(南紀)に行って参りました。小生のささやかなプロジェクト「全都道府県訪問」の第41番目の県になりました。いよいよ残りは5県になりました。鳥取、高知、佐賀、長崎、沖縄の5県です。
 和歌山県訪問の旅程は次のようなものでした。

  • 第1日目  JALで南紀白浜空港(白浜町)到着⇒白浜駅でレンタカー借用⇒三段壁、千畳敷、海中展望塔、平草原、円月島を観光⇒白浜温泉に宿泊
  • 第2日目  円月島付近でグラスボートに乗船⇒本宮町に向かい熊野本宮大社を参詣⇒新宮市に向かい熊野速玉大社を参詣⇒那智勝浦町に向かい勝浦港から紀の松島観光船に乗船⇒南紀勝浦温泉に宿泊
  • 第3日目  熊野那智大社、那智山青海渡寺、そして那智の滝に参詣⇒串本町に向かい橋杭岩、潮岬、串本海中公園を観光⇒白浜町に戻り白浜駅でレンタカー返却⇒南紀白浜空港からJALで帰路へ

 場所柄、やはり関西の観光客が多かったような気がします。道幅が余り広くなく、センターラインを越えないように、運転には注意を払いました。以後数回に分けて、写真も使って和歌山県を紹介します(右写真は航空機からの南紀白浜空港を中心とした白浜町全景)。Himg0134

  • 快晴の 南紀白浜 お出迎え

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熊野詣 三山信仰と文化 Book 熊野詣 三山信仰と文化

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2006年8月27日 (日)

道東の一筆書き

 2年前に道東を一筆書きで反時計回り(左回り)に一周しました。同好の士の参考のため200408011108000に その旅程をお知らせします。時間的にも、距離的にも、大旅行でした。

  • 第1日目  とかち帯広空港到着⇒レンタカー借用⇒十勝川温泉(音更町)宿泊
  • 第2日目  釧路湿原観光⇒阿寒湖遊覧⇒川湯温泉(弟子屈町)宿泊
  • 第3日目  硫黄山、美幌峠、摩周湖観光⇒野付半島観光⇒知床峠、オシンコ シン200408021102000の滝観光⇒ウトロ温泉(斜里町)宿泊
  • 第4日目  知床半島観光クルーザ乗船、カムイワッカの滝等観光⇒知床五湖観光⇒小清水原生花園観光⇒網走・天都山、オホーツク流氷館観光⇒網走湖畔温泉(網走市)宿泊
  • 第5日目  網走監獄観光⇒石北峠観光(日本一高いところにある峠)⇒層雲峡・大函、銀河の 滝、流星の滝を観光⇒層雲峡温泉(上川町)宿泊
  • 第6日目  黒岳ロープウェイ乗車⇒美瑛パッチワー200408031606000クの丘観光⇒富良野市宿泊
  • 第7日目  ファーム富田(中富良野町)観光⇒映画「鉄道員(ぽっぽや)」ロケセット(南富良野町・幾寅駅)観光⇒真鍋庭園観光⇒レンタカー返却⇒とかち帯広空港から帰路へ

 写真の説明をします。1枚目は、霧のない摩周湖(最近は霧が晴れていることが多いらしい)、2枚目の写真は知床半島観光クルーザから観たカムイワッカの滝(硫黄山から流れ出している硫黄泉の滝)、3枚目は層雲峡200408041615000の銀河の滝、4枚目が中富良野町にある富田ファームの全景です。携帯の写真で申し訳ありませんが、 北海道らしさを少しでも感じ取っていただければ幸いです。

  • 道東の 自然に抱かれ 初々しく

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知床・阿寒―網走・釧路湿原 (’07) Book 知床・阿寒―網走・釧路湿原 (’07)

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北海道に暮らす 道東編―資金ゼロからの北海道移住 Book 北海道に暮らす 道東編―資金ゼロからの北海道移住

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2006年8月13日 (日)

風薫る英国風庭園「ゆにガーデン」

 北海道夕張郡由仁町にある風薫る英国風庭園「ゆにガーデン」を訪ねました。新千歳空Himg0148港 から車で40分(30km)、札幌から車で60分(40km)の割と往きやすいところにある、国内最大級の英国風庭園です。1枚目の写真は、いわゆる温室のインナーガーデンの2階テラスから撮った全景の一部(半分位)です。この日はとても天気が良かったので、結構綺麗に撮れています。
 園内には14のエリアに花咲くファンタジーの世界があり、季節によって見Himg0146ど ころの場所が異なります。8月は、フレグランスガーデンとブロードウォークとノットガーデンが見どころのようです。季節の遅い北海道では、やっとユリとクレマチス(鉄線)が満開になっており、フレグランスガーデンではちょうど見頃でした。2枚目の写真がピンクのユリで、3枚目の写真がレンガ塀に見事に絡み付いた青のクレマチスです。フレグランスガーデンに面Himg0147してコテージがあり、ここにはステンドグラスのあるチャペルもあるそうで、素敵なガーデン・ウェディングによく使われているようです
 次の見どころは、フレグランスガーデンから見晴台に続くブロードウォークです。芝生の両側160mにわたって続く、宿根草のボーダーガーデンです。ここには、アルストロメリア、デルフィニウム、アスチルべ等が咲き競っておりました。4枚目の写真は、フレグランスガーデンのレンガ塀の門からブロードウォークそして見晴台を望んだものです。また、入口のセンターハウスからすぐ近くのノットガーデンも、ラベンダーやブルーサルビアやアHimg0145ルストロメリア等夏のハーブで賑わっていました。最後に、センターハウス2階のレストラン「チャイブ」で北海道の食材を使った美味しいランチを食しました。
 新千歳空港でレンタカーを借りた場合で、返却する日になって少し時間がある場合、時間つぶしにはこの「ゆにガーデン」が絶好の場所の一つだと思います。特に、私のような園芸(ガーデニング)好きにはたまりません。皆さん是非お試し下さいませ。

  • 遅い夏 今満開の ゆにガーデン

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2006年8月11日 (金)

紫陽花に彩られた地球岬

 室蘭八景に選ばれている地球岬を訪れました。1枚目の写真は、その地球岬の灯台とHimg0141その先に広がる太平洋の海原です。2枚目の写真は、展望台から地球岬西側の断崖絶壁を写したものです。室蘭市のガイドブックによれば、地球岬の説明は次のとおりです。

 語源の『ポロチケップ』(親である断崖)が転化し、当てHimg0142られた文字が『地球岬』。
 灯台は海面から120m余の絶壁の上に立ち、沿岸航行船舶の目標として、重要な役割を果たしている。毎年7月20日の海の日には灯台を一般公開する。
 ユニークな建築の展望台からは晴れの日には遠く駒ヶ岳、恵山岬や下北 半島も眺望できる室蘭を代表する景勝地。運がよければイルカ、鯨も見えるかも…。
 『北海道の自然100選』(朝日新聞)・『あなたが選ぶ北海道景勝地』(北海道郵政局)、ともに得票第1位。

 地球岬の展望台には幸福の鐘があり、鳴らせば幸せになれるとか…。似たようなのがあちこちにあったな…。そうだ、一つは西伊豆の恋人岬にありました。でも、あそこは延々とボードでできた階段を歩いていかなければなりませんでした。Himg0143
 北海道の夏はやはり遅く、何と地球岬の周りでは、紫陽花(アジサイ)の花が満開でした(3枚目の写真)。梅雨のない北海道で、8月上旬に咲く紫陽花を見て、何か一瞬の錯覚を覚えた場面でした。
 ところで、北海道には会社同期入社の仲間のゴルフ大会に参加するために行ったのでした。ゴルフは一向にうまくならないのですが、北広島市のコースで何とかグロス90台でラウンドすることはできました。

  • 北の国 真夏の紫陽花 地球岬

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2006年8月 8日 (火)

全都道府県訪問#38 富山県(一部石川県(能登)を含む)

 ちょうど1年前に、小生のささやかなプロジェクト「全都道府県訪問」の第38番目の県としHimg0040 Himg0036 て、富山県を訪れました。富山県は豊かだとは聞いていましたが、私の受けた印象は正にそのものでした。海あり山ありの自然、黒い瓦屋根の広い家と調和のとれた田園風景、美味しい農産・海産・畜産品、そしてフレンドリーな人々、本当に素晴らしいものでした。Himg0044_1 Himg0041
 旅程は、おおよそ次のような感じでした。

【第1日目】 上越新幹線・ほくほく線・北陸本線で富山駅に到着。市内でレンタカーを借用し、八尾(「やつお」と読みます)おわら資料館訪問。宇奈月温泉泊。 Himg0056
Himg0050【第2日目】 黒部峡谷鉄道で宇奈月から欅平(けやきだいら)までトロッコ電車に乗車。宇奈月に戻り、次に五箇山(ごかやま)に向かい、世界遺産の菅沼合掌造り集落を観光。能登(石川県)に入ってしまいましたが、和倉温泉泊。
【第3日目】 引き続き能登ですが、輪島に向かい輪島朝Himg0068Himg0060市と輪島漆器資料館を見学。次に能登金剛に向かい、関野鼻(せきのはな)、ヤセの断崖、義経の舟隠し、巌門を観光。巌門では、能登金剛遊覧船に乗船。そして、映画・TVCF撮影によく使われる千里浜なぎさドライブウェイを走行。富山県に戻り、立山山麓温泉泊。Himg0077_1
Himg0072 【第4日目】 ケーブルカーの立山駅から立山黒部アルペ ンルートに入り、美女平、弥陀ヶ原(みだがはら)、室堂、大観峰、黒部平、黒部湖、黒部ダムを観光。黒部湖では、黒部湖遊覧船ガルベに乗船。立山駅に戻り、称名滝を観光したあと富山市に戻り、レンタカーを返却。富山駅から北陸本線・ほくほく線・上越新幹線で帰途に。

 写真の説明をします。【左側1枚目】黒部峡谷鉄道のトロッコ電車。終点欅平まで約1時間15分。【右側1枚目】五箇山・菅沼合掌造り集落の素朴な風景。【左側2枚目】和倉温泉・七尾湾に映える落日。【右側2枚目】1000年以上の歴史を有する輪島朝市。【左側3枚目】巌門付近の遊覧船。小型なので小回りは利きましたが揺れました。【右側3枚目】標高2450mの室堂から標高3015mの立山(主峰雄山)を望む。【左側4枚目】標高2316mの大観峰から眺めたエメラルド色の黒部湖。一緒に写っているのは立山ロープウェイのケーブル。【右側4枚目】黒部湖と黒部湖遊覧船ガルベ。ガルベは流木を避けながら航行。【左側5枚目】黒部ダムからの迫力ある観光放水。【右側5枚目】国内一の落差350mを誇る称名滝。

  • 山海の 自然に抱かれ 富山県

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復刻 越中おわら節名人競演集 Music 復刻 越中おわら節名人競演集

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2006年8月 3日 (木)

レクサスで北軽井沢ゴルフへ

 先週末、我が家の愛車レクサスIS250で北軽井沢まで行き、一泊ゴルフを楽しんで参りました。片道約160㎞、とてもスムーズで快適なドライブでした。まず、驚いたのはエンジンの力強さと変速の滑らかさでした。時速100~120キロメートルで走行している時に加速するのは、通常なかなか大変なものだと思います。どうしても追越しをしなければいけない場合に、瞬間的に時速140~160㎞まで加速する必要が生じます。この車の場合、ドライブレンジで走っていたので自然とシフトダウンし加速し、シフトアップしたようです。トランスミッションの変速が6段もあるためか、時速140~160㎞で走っていても、タコメータはわずか毎分2000~3000回転です。したがって車内も結構静かで、ステレオから流れてくる川畠成道さんが奏でるヴァイオリンもよく聴くことができました。しかも、シフトダウンして加速する時に感じる加速重力が、他の車より少ないような気がしました。つまり、乗り心地が良いということです。そもそも走り出す時も、アクセルをぐっと踏んでも車は最初は静かにゆっくりとしか走り出しません。そしてその後スムーズに加速していく訳です。これは燃費をよくするために、多分最適なエンジン、トランスミッションを組み合わせ、またそれを制御するプログラムに相当の工夫がなされているためだと、勝手に想像しております。
 ホテルに着く前に、鬼押出し園に寄りました。浅間山が噴火で吐き出した溶岩が固まっHimg0131 て、辺り一面にごつごつした岩が転がっています。荒涼とした、しかし何か神々しい風景でした(写真は鬼押出し園から浅間山を望む)。浅間山の噴火をなだめるために、東叡山上野寛永寺別院 浅間山観音堂が建立されており、厄除観音としても拝まれておりました。また、一面の岩原なのですが、どこから来たのか赤松などがかなり立派に育っておりました。ここは、標高1000m以上で、とても涼しいのです。そして、ここ鬼押出し園も北軽井沢も実は群馬県の嬬恋村でした。
 翌日のゴルフは、コースの幅が極端に狭いコースだったので、腕前どおりのスコアでうんざりしました。しかし、帰途に2004年に急逝した森村桂さんのやっていた「アリスの丘 ティールーム」に寄り、美味しいケーキとお代わり自由のコーヒーを楽しんで、心を落ち着けました。その後、今や全国的に有名になっている、ジャムの沢屋に寄りました。平日なら工場見学もできるのですが、週末はお休みとのことです。しかし生産工場直売店なので、新鮮なブルーベリーやストローベリーのジャムを買うことができました。ここではさらに珍しいものを見付けました。山椒の葉先を摘んで佃煮にしたものです。試しに1個買って帰りましたが、その香ばしいことこの上なく、パンでも肉でも魚でも、一つまみその上にこの山椒佃煮を乗せれば、素晴らしい香辛料となり、食材の味を引き立てます。

  • 溶岩に 響く鐘の音 鬼押出し

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軽井沢 Music 軽井沢

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コンプリート軽井沢ミュージック・イン-モダン・ジャズ・ミーティング- Music コンプリート軽井沢ミュージック・イン-モダン・ジャズ・ミーティング-

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2006年7月28日 (金)

横浜三溪園

 横浜にある三溪園に行って参りました。ここは、春の桜、秋の紅葉、そして移築した古建築物で有名です。しかし、電車の駅から歩ける場所ではなく、行きづらいため、初めての訪問でした。
 パンフレットによれば、「三溪園は、生糸貿易で財をなした横浜の実業家 原 三溪(本200607221612000 名:富太郎)の元邸宅。彼は、ここに京都や鎌倉などから歴史的に価値のある建築物を移築し、明治39(1906)年“三溪園”として一般に公開しました。175,000㎡(約53,000坪)の園内には、10棟の重要文化財を含む17棟の古建築物が四季折々の自然の景観の中にたくみに配置されています。第二次世界大戦では大きな被害を受けましたが、昭和28(1953)年原家から財団法人三溪園保勝会の手に移されたのを機に復旧工事が行われ、5年後にはほぼ昔の姿をとりもどしました」とのことです。ちなみに、今年は三溪園開園ちょうど100周年です。
 ハナショウブの群生がある大池の前で「ハナショウブの花は終わっているね」と言ったと200607221407000 ころ、隣に佇んでいたおじさんが「そう。ところで、ここのハナショウブは明治神宮から持って来たのですよ」とおっしゃいました(1枚目の写真は大池越しに望む旧燈明寺三重塔:重要文化財)。詳しいなと思ったら、ボランティアのガイドさんでした。そしてそこで振り向くと、目の前に蓮池があります(2枚目の写真は蓮池の蓮花)。ちょうど早朝観蓮会をやっている時期だそうですが、そこで「蓮は咲くときのポンと音がするのですか」と尋ねました。実際は音はしないそうで、昔映画で姿三四郎が池の中で朝を迎えた時、周りで蓮の花が咲いたのですが、その時、効果音としてポン、ポン・・・という音を入れたために、妙な噂が広まったものだそうです。
 その後ガイドさんに案内されて、内苑を一回りし、そこにある古建築物の説明を受けまし200607221431000 た。3枚目の写真にあるのが臨春閣で、元々は紀州徳川家初代・頼宣が和歌山・紀ノ川沿いに建てた数奇屋風書院造りの別荘建築だそうです。これを含めて重要文化財が10棟ある訳ですが、横浜市の重要文化財が全部で15件なので、その2/3もがここ三溪園に存在するのです。歩き疲れて、ガイドさんと別れ、月影の茶屋で三色蕎麦を食しました。ガイドさんはボランティアということで、お礼は固辞されました。たまたま持っていた、500mlのペットボトル入りのお茶をやや無理やりに差し上げました。

  • この景観 原三溪の 執念か

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三渓園 明治数寄者の風雅 Book 三渓園 明治数寄者の風雅

著者:岡本 茂男
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2006年6月10日 (土)

伊豆半島の滝 浄蓮の滝と河津七滝

 伊豆半島は天城峠のあたりが南北の分水嶺になっているらしく、北に向かっては狩野川Himg0094 の水系があり、沼津市で駿河湾に注いでいます。南に向かっては河津川の水系があり河津町で太平洋に注いでおります。浄蓮の滝は狩野川水系上流にあり、伊豆半島では最も美しい滝のようです(右側1枚目の写真)。滝の高さは25メートル、幅は7メートルだそうです。滝の少し下流には、見事な山葵田もあります。Himg0099
 河津川水系には、有名なループ橋のあたりに、河津七滝(河津では「ななだる」と読む)があります。文字どおり七つの滝が連なっているのですが、一番下流にあり最も大きい滝が大滝(おおだる)で、高さが30メートル、幅が7メートルあるそうです(右側2枚目の写真)。大滝下に湧く温泉が、河津大滝温泉です。
Himg0103 河津七滝で、大滝のすぐ上流にあるのが出合滝(であいだる)です。二つの滝が合流しているので、出合滝と呼んでいるようです。写真では、滝の下流(写真上方)右側からもう一つの滝が合流してきます。出合滝の高さは、二段落ちでそれぞれ4メートル、幅は2メートルだそうです(左側1枚目の写真)。なお、出合滝近辺の遊歩道では、大滝の落下口まで行くことができ、滝壺と大滝温泉の露天風呂を望むことができます。Himg0104
 出合滝の上流にあるのが、割とこじんまりとしたかに滝(かにだる)です(右側3枚目の写真)。上流から見ると、流域の岩の感じが蟹の甲羅に似ているので、この名が付いたらしいです。かに滝の高さは2メートル、幅は1メートル、長さが15メートルだそうです。
Himg0106  河津七滝の内、下流から4番目、ちょうど中間の滝が初景滝(しょけいだる)です。この滝の横には、「踊り子と私」の像があり、また滝祭りのメイン会場でもあるようです。初景滝の高さは10メートル、幅は7メートルとそんなに大きな滝ではないのですが、それ故にか何となく風情のある滝です(左側2枚目の写真)。Himg0112
 初景滝から約3分間階段を上ったところにあるのが、蛇滝(へびだる)です(右側4枚目の写真)。玄武岩の模様が蛇のうろこのように見えることから、蛇滝と名付けられたようです。蛇滝の高さは3メートル、幅は2メートルだそうです。
Himg0111  蛇滝からまた約3分間階段を登ると、えび滝(えびだる)があります(左側3枚目の写真)。この滝はつり橋の上から眺めることができ、滝の形が海老の尾ひれに似ていることから名付けられたようです。えび滝の高さは5メートル、幅は3メートルだそうです。Himg0110
 河津七滝の内、一番上流にあるのが釜滝(かまだる)です(右側5枚目の写真)。この滝は渓谷の深部にあって、下流から上るのも上流から下るのも、階段が急で大変です。玄武岩に囲まれている狭いところにあるので、全景を見渡すのがなかなか難しく、流れも急で落下する水音も烈しいことから、かなり豪快な感じを与えてくれます。釜滝の高さは22メートル、幅は2メートルだそうです。

  • 踊り子と 出会いの予感 伊豆の滝

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2006年5月11日 (木)

全都道府県訪問#41 三重県#4(二見浦・伊勢神宮)

 第3日目は、最初の日に素通りした伊勢神宮にいよいよお参りすることになりました。そのHimg0055前に、日の出参拝で有名な二見浦に寄ることにしました。夫婦岩沖合い海中の「興玉神石」を祭る二見興玉神社に参り、その横を通り夫婦岩の前に出てお参りしました。夏の間は夫婦岩の間から太陽が昇り、夫婦岩はいわば太陽神に対する鳥居的なものになっており、二つの岩の間にしめ縄が張り渡してあります(1枚目の写真)。
 さて、いよいよ伊勢神宮へ。まず天照大御神を祭る内宮(皇大神宮)にHimg0061 お参りしました。宇治橋で五十鈴川を渡り境内へ、手水舎で手と口を清め、正宮へ。正宮前の鳥居から内側に入ると写真撮影は禁止になっていました(2枚目の写真は内宮正殿を横から撮影したもの)。次に、御木本幸吉翁が整備したといわれる、内宮と外宮をつなぐ御木本道路を通って、衣食住や産業を司る豊受大御神を祭る外宮(豊受大神宮)へお参りをしましHimg0063た。ちょっとびっくりしたのは、正宮等は東西に敷 地が二つ用意してあって、20年毎に立て直すのだそうです。それを式年遷宮というそうです(3枚目の写真)。
 皆さんに若干の薀蓄を差し上げましょう。伊勢神宮の正殿は内宮も外宮も神明造という建築法でできています。屋根の飾りである千木(ちぎ)と葛Himg0066緒木(かつおぎ)がその特徴ある外観の象徴になっております。そこで、内宮と外宮は何が違 うのか、あるいは何も違わないのか。どうやら、内宮は千木が内削ぎ、葛緒木の数が偶数になっており、外宮は千木が外削ぎ、葛緒木の数が奇数になっているようです。

  • お伊勢様 地域とともに 二千年

 なお、4枚目の写真は式年遷宮に向けて新しい社殿に使用する柱を運ぶ「木曳き」という地域の行事(お祭り)です。

【参考文献】 井上宏生著 「神さまと神社―日本人なら知っておきたい八百万の世界」 2006年 祥伝社刊

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2006年5月10日 (水)

全都道府県訪問#41 三重県#3(鳥羽湾遊覧船・ミキモト真珠島・鳥羽水族館)

 第2日目は浜島温泉からパールロードを経由して鳥羽市へ向かいました。途中的矢牡蠣でHimg0042 有名な的矢湾を眺望し、次にかなり高い位置にある鳥羽展望台から伊勢湾と熊野灘(太平洋)を眺望。1枚目の写真は鳥羽展望台から国崎・鎧崎方向を眺めたもの。
 午前中に鳥羽市中心部に到着。早速佐田浜港から天然の良好である鳥羽湾を巡る遊覧船に乗船(2枚目の写真は乗船したフラワーマーメイド号)。そして、ミキモト真珠島へ。ここでは、海女の実演、真珠養殖の説明をしてくれる真珠博物館、真珠王御木本幸吉記念館などが楽しめます。ちなみに御木本幸吉の実家はうどん屋さんで、島内にそれを記念したうどん店がありました。Himg0044

  • 真珠島 御木本翁の 汗と運 (3枚目の写真)

 午後、鳥羽水族館へ。やはり最近の水族館とくらべるとやや狭い感じで、展示方法も旧来の域を脱していない感じでした。ジュゴン、ラッコ、スナHimg0043メリ、アフリカマナティー、バイカルアザラシ、イロワケイルカ、ペリカン等が当館の目玉でした。

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2006年5月 9日 (火)

全都道府県訪問#41 三重県#2(浜島温泉)

 第1日目は宇治山田駅でレンタカーを借りて、すぐに宿泊地の浜島温泉に向かいました。早めに到着して、温泉でゆっくりしようという作戦でした。しかし、猿田彦神社の前に来るまでに1時間もかかる大渋滞。ついに、伊勢道路を通るのをあきらめてショートカットを試みました。内宮の横を通り抜け、カーナビの情報を頼りに県道12号線なる道に入りました。しかし、これが想像を絶する道路。舗装はされているものの、林道並の道で、最小道路幅員は1.8m、途中で出会った車は3台という具合でした。それでも何とか剣峠を越え、南勢町に出ることができました。無事通過できたからいいものの、後でよく考えれば無謀だったかなと反省しました。Himg0037
 予定よりも少し遅れたものの、日没を鑑賞するまでに1時間の余裕があるタイミングで浜島温泉に到着。早速入浴し、残照の中夕食に。泊まった宿の名物料理が残酷焼き、サザエ、蛤はまずまずとしても、生きた伊勢海老を直に火の上へ。海老は躍り、網からテーブルの上へ。これは海女さんが濡れて冷えた火で体を温めながら、獲った食材をその火の上で焼いたHimg0039という料理法を取り入れたものだそうです。伊勢海老の刺身、伊勢海老の残酷焼き、そしてアワビの丸焼きステーキと、何と豪華なものでしょうか。

  • 残照に 残酷焼きの 潮の香か (写真1枚目)
  • 朝露天 浜島海岸 燕翔ぶ (写真2枚目)

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2006年5月 8日 (月)

全都道府県訪問#41 三重県#1

 今回のゴールデンウィークに2泊3日で三重県に行って参りました。小生のささやかなプロジェクト「全都道府県訪問」の第41番目の県になりました。いよいよ残りは6県になりました。
 三重県訪問の旅程は次のようなものでした。

  • 第1日目  新幹線で名古屋駅到着⇒近鉄で宇治山田駅到着⇒レンタカーを借りて志摩の浜島温泉に到着し宿泊
  • 第2日目  パールロードを走り途中で的矢湾展望と鳥羽展望台からの眺めを鑑賞⇒鳥羽市到着⇒佐多浜港から鳥羽湾巡り遊覧船に乗船⇒ミキモト真珠島、鳥羽水族館を訪問⇒パールロードを石鏡(いじか)温泉までもどり宿泊
  • 第3日目  パールロードそして国道42号線を走り二見浦到着(二見興玉神社・夫婦岩参拝)⇒さらに国道42号線を走り伊勢神宮内宮(皇大神宮)到着・参拝⇒御木本道路を走り伊勢神宮外宮(豊受大神宮)到着・参拝⇒宇治山田駅でレンタカーを返却⇒近鉄で名古屋駅に到着し新幹線に乗換

 時節柄渋滞などもあって結構忙しい旅程だったのですが、なるべく早く温泉に到着することにし風呂と料理を楽しみました。以後何回かに分けて、写真も使って三重県を紹介します。

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2006年5月 3日 (水)

全都道府県訪問#37 岩手県(盛岡の繋温泉・遠野・花巻・花巻温泉の桜・えさし藤原の郷・平泉の中尊寺)

 ちょうど1年前の秋田・岩手両県旅行の3日目は、前目の宿泊地盛岡の繋温泉を出発して、まず民話の故郷遠200505030718000野市へ向かいました。遠野市では、伝承園、市立博物館、とおの昔話館を訪問しました。次に宮沢賢治の故郷花巻市に向かい、宮沢賢治記念館と北上川に豊沢川が流れ込むところにあるイギリス海岸を見学しました。そして、3泊目の宿泊地花巻温泉随一の宿に落ち着きました。

 翌朝花巻温泉でも桜花が満開だったので、朝の散歩を兼ねてお花見をしました(写真)。朝食後、花巻市郊外の新渡戸記念館に寄り、江刺市(現奥州市)にあるえさし藤原の郷に向かいました。これは1993年のNHK大河ドラマ「炎立つ」(奥州藤原氏四代の歴史を描く)の撮影ロケのために造られたもののようです。映画「陰陽師」や昨年のNHK大河ドラマ「義経」の撮影にも使われたそうです。両者とも平安京のセットとして使ったということで、岩手で京都を撮るという不思議な話になっています。それから、面白かったのは、当然ながら地域住民の皆さんは映画のエキストラに駆り出される訳で、すっかり映画慣れしていてお祭り騒ぎで撮影を手伝うと聞いたことでした。

 旅の終わりに奥州藤原氏のいにしえの都平泉町に向かった訳ですが、何と「義経」の主役タッキー(滝沢秀明)が藤原祭りのために来て義経役でパレードする当日だったのです。人口8千人の町に10万とも20万ともいわれる人が殺到、道路は大渋滞となりました。そのせいで、中尊寺しか参拝できず、毛越寺は次回のお楽しみになってしまいました。その晩一関駅でレンタカーを返し、東北新幹線で帰路に就きました。

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2006年5月 2日 (火)

全都道府県訪問#36 秋田県(男鹿温泉・角館の武家屋敷と桜・田沢湖)

 ちょうど1年前、私の全都道府県訪問プロジェクトの一環として、秋田県と岩手県の訪問200505011156000を企画 しました。秋田新幹線「こまち」に乗って一路秋田駅へ、そこでレンタカーを借りて、1泊目の宿泊地男鹿温泉に向かいました。男鹿半島の八望台はなかなか眺望の良い展望台でした。
 翌日今回の旅行の目玉である角館市へ向かいました。石黒家、岩橋家(映画「たそがれ清兵衛」のセットに使われたという)、小野田家、西宮家200505011315000等の武家屋敷を見学し、樺細工伝承館、安藤醸造元な どの伝統産業についても学びました。昨年も桜花の開花が遅かったため、武家屋敷のしだれ桜もほぼ満開でとても美しいものでした(1枚目の写真)。最後に寄った檜木内川堤防の桜並木も見事で、2枚目の写真にあるように、染井吉野としだれ桜と朱塗りの橋と川が調和した見事な風景でした。
 この後田沢湖に寄り、伝説の辰子像を見、またそこから遠く東に目をやれば、雪のまだ覆われた秋田駒ヶ岳を望むことができました。

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2006年4月19日 (水)

京都の桜(御室桜・紅しだれ桜・染井吉野)

 ちょうど1年前に京都の桜を見たくなって、新幹線に乗り込みました。一泊二日の予定で、京都駅付近でレンタカーを借りました。1日目は、宿泊地の嵐山に向かい、約2時間の保津川下り(途中で山桜の花を見かけました)を堪能した後、嵯峨野の天龍寺を訪れました。天龍寺では、予定どおりしだれ桜などは終わっていましたが、紫色のミツバツツジが見事な時期になっていました。そして宿に向かい、最近掘り出したという嵐山温泉と豆腐・湯葉の京料理を楽しみました。
 2日目は、 嵯峨野の大河内山荘まで山登りをしました。ここはとても広いところで、敷地200504181140000内の桜は終わりかけでしたが、京都市街を俯瞰できるポイントと保津川渓谷を見渡せるポイント、両方がある珍しいところです。その後、いよいよお目当ての仁和寺に向かいましたが、皆目的は同じと見えて道が大渋滞でやっとの思いで到着。またしばらく並んで駐車場に入りました。京都で一番の遅咲き桜として知られる境内の御室桜は満開でした(1枚目の写真)。200504181149000_2五重塔との対比が見事です。意外にも、ここの紅しだれ桜も満開で(2枚目の写真)、楽しませてもらいました。次に徒歩で10分少しの龍安寺に向かいました。ここの駐車場は以外にもすいていて、旅のヒントとしては、この季節は車は龍安寺に駐車して仁和寺までは歩くのが正解と考えられます(私と逆の方法)。何とここではあの有名な石庭の塀のすぐ外にある紅200504181228000_1しだれ桜が満開で(3枚目の写真)、庭の景観の重要な一部となっていて、これまた素晴らしいものでした。こんなところに桜があるとは知らなかったのです。そして桜の季節以外は閉鎖されている山側の「桜の園」へ・・・。また何とここは紅しだれ桜の庭園で百本単位の満開の紅しだれ桜の下を歩くことができるのでした(4枚目の写真)。龍安寺の庭園は京都で一番とも200504181252000言われているところらしいのですが、いつも開いている訳ではないので本当に貴重な体験でした。また、境内の西源院というところで昼食に湯豆腐を、これまた紅しだれ桜を眺めながら食べました。
 さて、ここまででほぼ当初の目的は達した感じですが、昨年はNHKの大河ドラマで義経を放送していたのです。狭い山道を物ともせず走り上が200504181512000り、鞍馬寺に向かいました。ここは山(鞍馬山)ですから、また何と染井吉野が満開(5枚目の写真)。ここに至り、京都の花見は大団円に終了しました。この後は余禄ですが、義経が修行したという鞍馬山の木の根道も歩き、車に戻ってからは比叡山ドライブウェイで琵琶湖を眺められるスポットまで頑張って参りました。

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2006年4月12日 (水)

富士山と河口湖と桜

Img_0846_edited ちょうど2年前でした。桜花に囲まれた富士山を観たくって、河口湖まで車を飛ばしました。天気もまあまあで、今年と違ってそんなに寒くはありませんでした。4月の富士はまだ冠雪しており、冠をかぶった富士山と河口湖の湖水と満開の桜花、まさに三位一体でした(上の写真)。
 河口湖温泉に泊まった翌日、西湖と精進湖の横を通り過ぎて、本栖湖Img_0855_editedに向かい昔の五千円札の裏の富士山の撮影ポイントに寄り、富士を撮りました(下の写真)。その後、河口湖の南側にある富士風穴を見学して(天然氷が保存されています)、富士スバルラインで五合目 まで登ってみました。

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全都道府県訪問

 人生にはいろいろ目標が必要ですよね。私は趣味の一つである旅行とうまくマッチする目標として、全都道府県を訪問することを考えています。訪問したといえる条件は、そこに一泊して少なくとも朝食を食べることとしております。似たような目標をもっている方は結構いらっしゃいます。そうそう、私の高校の恩師(今年秋に古希のお祝いをします)は、昨年四国は高知県を訪れてこの目標を達成したそうです。
 実は私も目標達成間近で、残りは7県になっております。三重県、和歌山県、鳥取県、高知県、佐賀県、長崎県、そして沖縄県の7つです。今度のゴールデンウィークには伊勢・志摩へ行く予定なので、三重県が減って残り6県となります。これから7県を訪れた模様についても写真を交えながらご紹介していきます。

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2006年3月31日 (金)

修善寺梅林と富士山

 3月初めに伊豆の修善寺に行って参りました。修善寺温泉は弘法大師こと空海により最初に発見されたと伝えられており、東国ではとても歴史のある場所です。昔は下田方面に陸路向かう場合は、ここから天城を越える起点にもなっていました。川端康成が書いた「伊豆の踊り子」でも、学生が天城越えをしようとしている旅芸人の一座の踊り子と初めて出会ったのが、ここ修善寺にある湯川橋と設定されています。

 また、修善寺は源頼朝が流されていた蛭ヶ小島(韮山)からも近く、鎌倉幕府成立後に源氏の悲劇の一場面ともなっています。頼朝の異母弟・蒲冠者こと範頼は誤解からここに幽閉され、梶原景時(どうも悪役ですが)に攻められ自刃しております。また二代将軍の源頼家は権力闘争に巻き込まれ、やはりここ修善寺に幽閉され、その後刺客により27歳で暗殺されてしまいます。

Himg0115

 悲しい歴史とは裏腹に、修善寺梅林では紅白の梅の花が満開で、とても馨しい香りを辺りに充満させていました。ここはもともとは斜面を利用した梅の果樹園だったそうですが、後に梅林として整備されたようです。とても素晴らしいことは、斜面なので高い方に上っていくと梅林越しに富士山が望めることです。ここから見ると富士山は北側になるので、光線の関係で晴れて空気が澄んでいれば真に美しい姿を眺めることができます。

 上の写真は修善寺梅林の見事な満開の紅梅・白梅で、下の写真は修善寺梅林と見事に調和した富士の眺望です。

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  • 修善寺の 梅の薫りに さすらいの

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