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2007年2月19日 (月)

全都道府県訪問#43 沖縄県#3(中城城跡・勝連城跡)

 初日は次に、中城城跡(ながぐすくじょうあと)と勝連城跡(かつれんじょうあと)に向かいました。両者とも沖縄本島南部の東海岸に位置し、より南側の北中城村にある中城城跡にまず寄り、次に勝連町にある勝連城跡を訪問しました。勝連城跡からの眺めは良く、東の太平洋側には平安座島、宮城島、伊計島、浜比嘉島の4島に渡るための海中道路が良く観えました。入手したパフレットによれば、両城跡の解説は次のとおりです。

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 中城城跡は、発掘調査によって出土した遺物等から、主要部分の築城は14世紀後半と推測され、北の郭と三の郭は15世紀中期に、勝連城阿麻和利(あまわり)を牽制するため、王命により座喜味城から移封した護佐丸(ごさまる)によって築かれたと言われています。
 当時の最高の築城技術で拡張し、沖縄城郭史上完成期の貴重な城として、また、往時の姿を今の残すグスク美の最高峰としてもよく知られています。
 標高160メートルの石灰岩の丘に立地し、ペリー提督一行も賞賛したとされる美しいアーチ門と3種類の異なる石積み(野面積み、布積み、あいかた積み)で築かれた6つの郭からなる山城です。その築城技術は、芸術的とさえ言われ、歴史的に高い評価を受けています。

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 勝連城は、琉球王国が安定していく過程で、国王に最後まで抵抗した有力安司(あじ)、阿麻和利が住んでいた城です。阿麻和利は、国王の重臣で中城に居住した護佐丸を1458年に滅ぼし、さらに王権奪取をめざして国王の居城である首里城を攻めたが、大敗して滅びました。阿麻和利が滅ぼされたことによって、首里城を中心とする中山(ちゅうざん)の王権はいちだんと安定しました。
 勝連城における発掘調査では、中国製や日本製の陶磁器類が多量に出土しており、阿麻和利をはじめとする城主が海外との交易を活発に行なっていたことが、推測されます。これらの出土品から、勝連城は12~13世紀に築城されたものと考えられます。

 1枚目の写真は中城城跡の正門横の石積みと石碑で、2枚目の写真は勝連城跡最上段の一の曲輪(くるわ)から見下ろした二の曲輪と駐車場です。

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