« 諏訪・高遠の旅#1 | トップページ | 諏訪・高遠の旅#3(下諏訪) »

2007年5月 2日 (水)

諏訪・高遠の旅#2(上諏訪)

 昭和の日は諏訪湖開きの日でした。諏訪市湖畔公園では、初島から華やかに花火が打ち上げられ、湖上パレード、遊覧船・快速船の無料乗船、樽酒無料サービスなどが行われました。次の写真は、湖畔公園から撮ったもので、中央は人形浄瑠璃の登場人物の八重垣姫像、その右後方が初島、またその左後方の冠雪した山々は北アルプスです。

Himg0530

 次は公園の一角にあった満開のシダレ桜の写真です。

Himg0531

 信濃国一之宮諏訪大社上社本宮は、建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)を御祭神としています。その由緒は、「我国最古の神社の一つであり、信濃国の国造りをなされたのち、日本国土の守護神としてこの地にお鎮まりになり、信濃国一之宮として皇室部門および一般の信仰が厚く、全国一万有余の諏訪神社の総本社である」とのことです。御神紋は梶の葉であり、諏訪の地を治めた諏訪家の家紋もこれを使用しています。次の写真は、長さ5丈5尺(約17m)、直径1.2mの樅の木である御柱です。御柱は、茅葺の御宝殿と共に寅歳と申歳の7年目毎に建て替えられる御神木で、建て替えの時の御柱祭は天下の奇祭として有名であり、次回は平成22年(2010年)に行われます。御宝殿の建替えは、御柱祭の本質が伊勢神宮などでも行われている「式年造営」であることを物語っているそうです。そういえば上社の御柱には、曳行の時に伊勢神宮の屋根飾りでもある千木が取り付けられるようです。

Himg0555

 次の写真は諏訪高島城ですが、パンフレットの説明は次のとおりです。

 天正18年(1590)、当時の諏訪領主諏訪頼忠が徳川家康の関東転封に従って武蔵国へ移った後、豊臣秀吉の武将日根野織部正高吉(ひねのおりべのかみたかよし)が諏訪に転封、2万7千石を与えられ諏訪の領主となりました。高吉は安土城や大阪城の築城にも携わった築城の名手。転封の翌年、天正19年(1591)には城地の見立てと設計を終え、翌文禄元年(1592)に着工、慶長3年(1598)まで7年ほどかかって高島城を築城。城の際まで諏訪湖の水が迫り、湖上に浮いて見えたことから別名「諏訪の浮城」と呼ばれ、また「諏訪の殿様よい城持ちゃるうしろ松山前は海)と歌われた名城です。その後、関が原の戦いで徳川軍に属した諏訪頼水(頼忠の子)は、慶長6年(1601)家康の恩恵によって旧領諏訪に帰り藩主となり、以降、10代藩主忠礼に至る270年の間、諏訪氏の居城としてその威容を誇りました。

Himg0571

 次の写真は、高島城土戸門(お勝手口)近くにあった満開のシダレ桜です。

Himg0579

 宿泊したホテルの近くにあった片倉館(次の写真)、タケヤみそ、そして宮坂酒造も訪れました。片倉館は製糸工女の厚生や娯楽の場として1928年に建てられた日本最古のクアハウスだそうです。宮坂酒造の清酒「真澄」はとても美味しく、特に11~4月に出荷される吟醸あらばしりはとても香り高いものでした。これは、割水や加熱処理をせずに壜詰めした、蔵元名物のしぼりたて生原酒とのことで、アルコール分も18度と少々高めでした。

Himg0566

  • 華やかな 花火で号砲 諏訪湖開き
  • 諏訪の神 豊かな自然に 抱かれて
  • 戦国の 技を伝える 高島城

是非 人気blogランキング へ

是非 ブログランキング【くつろぐ】へ

竜神信仰―諏訪神のルーツをさぐる Book 竜神信仰―諏訪神のルーツをさぐる

著者:大庭 祐輔
販売元:論創社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 諏訪・高遠の旅#1 | トップページ | 諏訪・高遠の旅#3(下諏訪) »

グルメ」カテゴリの記事

全都道府県訪問(2007年)」カテゴリの記事

園芸(2007年)」カテゴリの記事

宗教」カテゴリの記事

社会・経済・政治(2007年)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/38740/6308177

この記事へのトラックバック一覧です: 諏訪・高遠の旅#2(上諏訪):

« 諏訪・高遠の旅#1 | トップページ | 諏訪・高遠の旅#3(下諏訪) »