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2008年1月14日 (月)

サイモン・シン著「フェルマーの最終定理」を読んで

 サイモン・シン著作のドキュメンタリー数学小説『フェルマーの最終定理』(青木薫訳)を読みました。実は読み終えたのはおよそ2ヶ月前だったのですが、なかなか感想を書けずにおりました。それは、文庫本で495頁という大作であること、それから数学という題材を扱っていたことと関係があります。誰にでも解りやすく、読後の感動を伝えることがとても難しく感じていたからです。

 まず、本書の背景情報についてご紹介します。本書は、1996年に英国BBCテレビが放送したドキュメンタリー番組『ホライズン──フェルマーの最終定理』に基づいて書き下ろされたものだそうです。著者サイモン・シン氏は1967年に生まれたインド系英国人で、ケンブリッジ大学大学院で素粒子物理学の博士号を取得しております。その後彼はジュネーブの研究センターに勤務し、後にBBCに転職し前述のドキュメンタリー番組制作に係わり、翌1997年に本書をとりまとめたとのことです。数学の中でも高度な手法を使う数論(整数論)という分野の出来事を、これ以上はできないと思う程平易に解りやすく、しかも人間社会の感動的な歴史として創り上げております。何せこのテーマを完全に理解できる人物は、世界でも5、6人しかいないのだそうです。

 さて、フェルマーの最終定理とは何でしょうか。これは紀元前6世紀のギリシャに生きたピュタゴラスの名を冠した幾何学の有名な定理の拡張形といえるでしょう。ピュタゴラスの定理は「直角三角形の斜辺の二乗は他の二辺の二乗の和に等しい」、あるいは「x2+y2=z2」という方程式として書くことができます。フェルマーの最終定理はこれを少し拡張して、2乗を3乗以上に変えるとその方程式の整数解はないというものです。書き換えると「xn+yn=zn、この方程式はnが2より大きい場合には整数解をもたない」となります。17世紀に仏国の役人として生きたフェルマーは、ディオファントス(古代ギリシャの数学者)の著書『算術』の余白にこの最終定理を書き残し、さらに「私はこの命題に真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」と続けているとのことです。証明が明らかにされないままに残された、このフェルマーの最終定理がこの後3世紀半余りにわたって世界中の数学者を悩ませることになったのです。

 このフェルマーの最終定理を1994年に完全に証明したのが、プリンストン大学のアンドリュー・ワイルズ教授でした。1963年に10歳であったワイルズ少年はフェルマーの最終定理に出合い、その証明に対する興味を持ち続けることになりました。7年間にも及ぶ孤独な研究の末、1993年に彼は故郷ケンブリッジのニュートン研究所でフェルマーの最終定理の証明を発表したのでした。その後根本的な欠陥が一点発見されたが、翌年証明の修正に成功し、1995年に2篇合わせて130頁にも及ぶ完全な論文として数学誌に掲載されたのでした。彼は、それまでに数論の分野でもたらされた数々の貴重な成果を基に、難解として残っていた最後のミッシングリンクを多数の独自で複雑な論理を導入して解決したのでした。ワイルズの証明の素晴らしいところは、その証明の過程で20世紀の数論の進歩がすべて使われており、そして最終的にフェルマーの最終定理の証明に見事に収斂しているところのようです。これこそ、藤原正彦先生もいうところの「数学の美しさ」なのだろうと思います。

  • 数学の 論理世界の 美しさ

【補足1】フェルマーの最終定理の証明に関しては、余り話題にならなかったそうですがが、1955年に日本の数学者が提示した谷山=志村予想(注)が本質的な役割を果たしているようです。この予想は、一言でいえば、すべての楕円方程式(楕円曲線)が一対一でモジュラー(保型)形式に対応するというものです。もう少し感覚的にいえば、すべての楕円曲線の図形が一対一で四次元の空間の集合に対応しているということらしいのです。筆者も理解できている訳ではありませんが、このように二つの独立な世界に橋渡しができたことでフェルマーの最終定理が証明されることになったようです。

(注)数学の世界では、未だ証明されてはいないが、定理にほぼ近いものを予想と呼んでいるそうです。谷山=志村予想はワイルズ教授らにより証明されたので、現在は谷山=志村定理と呼んでいいものと思います。

【補足2】昨年12月にあるセミナーで北大電子科学研究所津田一郎教授から数学を脳科学に応用して、脳のエピソード記憶の原理を探るというお話を伺いました。その時に短期記憶の機能を司る脳の海馬という部分で、何やら谷山=志村予想に似た変化が起きているらしいことに気が付きました。人間の感覚器官から入力された神経信号が、海馬のCA1という部分では一見無秩序な曲線の連続に見えるものが、CA2という部分に伝わると時間軸も加えた四次元の空間の集合に変換されているように思えたのです。このことを津田先生にお話ししましたら、興味深そうにお聴きになっておりました。

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コメント

 tさん
 コメントとアドバイス、真にありがとうございました。
 早速supタグを使ってべき乗を表現してみました。うまくできたようです。ありがとうございました。また、何かありましたらアドバイスをお願いいたします。

投稿: Kirk | 2008年1月22日 (火) 午後 09時47分

はじめまして!
せつないぶろぐのtです。
コメントありがとうございました。

(xのn乗)+(yのn乗)=(zのn乗)ですが
ココログでもsupタグ(上付き文字)が利用できるようなのでsupを利用してみてはいかがでしょう?

参考
http://19to29.cocolog-nifty.com/hp/2004/04/post_4.html

投稿: | 2008年1月22日 (火) 午後 12時39分

 「せつないぶろぐ」の筆者(t)さん
 トラックバックありがとうございました。
 数学はどこかに存在する、整理・統合された美しさに向かっているというような気がします。これがいわゆる数学の美でしょうか。
 私からもトラックバックできればいいのですが…。
 今後ともよろしくお願いいたします。
(注)本ブログ上では、本件トラックバックのリード部分の中でフェルマーの最終方程式が「xn+yn=zn」と表現されていますが、これはもちろん「(xのn乗)+(yのn乗)=(zのn乗)」のことです。ココログではべき乗をどう表現すればいいのか、私には分かりません。

投稿: Kirk | 2008年1月22日 (火) 午前 08時20分

 モモンガさん
 コメントありがとうございました。
 論理を突き詰めていくと、シンプルで美しいものに到達することがあると思います。数学はその最たる分野ではないでしょうか。そういう物事はきっと世の中にも役に立つのではないか、という予想がとても魅力的です。
 今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: Kirk | 2008年1月17日 (木) 午前 06時56分

TBありがとうございました。

これまでの数学史が、この定理の証明につながっていたこと、
アンドリュー・ワイルズの引きこもって考え続けた姿勢、等々
・・感動でした。

投稿: モモンガ | 2008年1月16日 (水) 午後 11時38分

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「フェルマーの最終定理」とは 「nが2よりも大きい自然数でxn+yn=znを満たす自然数x、y、zは存在しない」 といったもので、 1637年にアマチュア数学者のフェルマーがこの式に解が無いこと... [続きを読む]

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