カテゴリー「自動車」の22件の記事

2008年3月 2日 (日)

早春の房総半島#4(小湊山誕生寺・鯛の浦・妙の浦)

 野島崎を後にして日蓮聖人生誕の地、旧天津小湊町(現鴨川市)に向かいました。南房総市と鴨川市の境は山が海に迫っていて急にトンネルが多くなります。ここからは外房黒潮ラインを走る訳ですが、御宿町まではたびたびトンネルを通ることにました。浅田次郎著「天国までの百マイル」で有名な、鴨川市の亀田記念病院(外壁がカラフル)の横を通り過ぎ、誕生寺付近に到着しました。

 車を一番奥の誕生寺の駐車場に停め、境内を抜け小湊鯛の浦(妙の浦)遊覧船乗船場(鯛の浦会館)に向かいました。暖かい内に先に船に乗ってしまおうと考えた訳です。遊覧船に乗るとまず1222年に日蓮聖人が生まれた場所といわれている妙の浦(内浦湾の東側)へ向かいました。次の写真がその場所ですが、中央やや右側の島(小弁天島)の朱塗りの鳥居が建っているところがまさにその場所ということでした。

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 次に船は鯛の浦に少し戻り、餌を与えると鯛(主にマダイ)が浮上してくる様子をみせてくれる手筈になっておりました。しかし、いくら餌をまこうと鯛の姿は一向に見えませんでした。カモメが沢山飛んできて鯛の餌を横取りするばかりでした。船の従業員の説明によれば、やや日が陰り水温が下がったためとのことです。すぐ前の出航まで見えていたそうですから、不運でした。

 マダイは通常深さ30~150m位の海中に生息している近海魚ですが、深さ10~30mの浅海の鯛の浦に生息し人の与える餌を浮上してよく食べるのは、他では見られない現象とのことです。日蓮聖人が誕生した古来殺生禁断の地ということで、そのことに関連付けられている聖なる現象とされております。次の写真は、次の鯛の浦遊覧船が我々の船とすれ違い、妙の浦に向かっているところです。

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 遊覧船から降りてさすがにお腹が空いたということで、遊覧船乗場(鯛の浦会館)のすぐ横で誕生寺参道のすぐ前にある広瀬屋さんに入店しました。ここでは、キンメダイ(金目鯛)の煮付けを食しました。ふっくらとしていて、また脂が適当にのっていて、とても美味しく感じました。伊豆稲取(東伊豆町)のものに引けを取りませんでした。

 そして正式に小湊山誕生寺(日蓮宗)に参詣することにしました。参道に再び入ると、軒を連ねている売店のおばさんから声をかけられました。「あんたさっきも通ったね。田村亮みたいだから…」と言われました。若い人は分からないかもしれません。ロンドンブーツ1号2号の田村亮ではなく、俳優の田村亮です。昔の映画俳優の板東妻三郎(歿)の子供達で、高廣(歿)、正和そして亮の俳優三兄弟としてよく知られている役者の一人です。ちょっと寒いのでハンティング帽をかぶっていたので、余計似ていたのかも知れません。

 次の写真は誕生寺仁王門です。建立後約300年たっており、誕生寺では一番古い建物だそうです。

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 さて、誕生寺に関する解説板から年表を若干まとめると次のようになります。

  • 1222年(鎌倉時代) 日蓮聖人誕生
  • 1276年(建治2年) 日蓮聖人誕生の地(妙の浦付近の祓崎(はらいざき)南端)に小湊山誕生寺開山
  • 1498年(明応7年) 大地震大津波により流失し、現在の地に移動
  • 1703年(元禄16年) 房総沖震源の大地震大津波で再度流失したが、水戸徳川家の帰依により再興
  • 1758年(宝暦8年) 大火により仁王門以外の七堂伽藍を消失
  • 1842年(天保13年) 雨落十八間四面総欅造りの大祖師堂が完成

 これを見ると房総半島でもいかに何度も大地震が起きているかがよく分かります。大地震の備えは必須ですね。次の写真は祖師堂を左斜め前方から撮ったものです。

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 祖師堂の右前方にはかわいい日蓮上人御幼像(次の写真)がありました。

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 祖師堂の右側に回ると、何と河津桜が八分咲きになっておりました(次の写真)。

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 夕方誕生寺を後にし外房黒潮ラインをさらに北上して、ついに九十九里ビーチラインに入り白子町に到着しました。白子町では約400本の河津桜が植えられており、桜祭りの最中だという話を聞いていました。しかし、桜祭りの会場には誰もおらず、河津桜をよく観るとまだ開花前でした。今年はやはり厳冬のため相当に開花が遅れているようです。

 仕方がないので帰宅することとし、白子ICから九十九里有料道路に入り、東金九十九里有料道路、千葉東金道路、京葉道路、東京湾岸道路、そしてレインポーブリッジを通り、首都高に合流しました。千葉東JCT付近で若干渋滞していましたが、他は大体スムーズで湾岸幕張PAでの休憩時間を除けば、約2時間半のドライブでした。

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2008年3月 1日 (土)

早春の房総半島#2(南房パラダイス・平砂浦の夕日)

 洲崎から房総フラワーラインを経由して南房パラダイス(館山市)へ向かいました。ここはシンガポール国立植物園と姉妹提携した観光動植物園で、14.5万㎡の広い敷地に温室が沢山あり、約5,000種の植物を栽培しています。次は入口付近から撮影した展望塔です。並木はオキナヤシモドキ(別名:ワシントンヤシモドキ)で、耐寒性の強いヤシのようです。

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 次の写真は展望塔から洲崎方向を撮ったものです。正面の砂浜が平砂浦(へいさうら)海岸です。

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 シンガポールらん館ではマーライオン(Merlion:次の写真の中央)がファノレシプス(コチョウラン:左後方の紅白のラン)とオンシジウム(オンシジューム:右手前の黄色のラン)に囲まれていました。マーライオンの解説板は次のように説明しておりました。

 マーライオンは、シンガポールの象徴です。下半身の魚は、昔シンガポールがテマセク(海の町の意)と呼ばれていたことを象徴しています。頭のライオンは、13世紀にニラ・ウタマ王子がシンガポールに上陸したとき、奇妙な動物を目撃しその動物をライオンと思い込み、それに因んでこの地をシンガプーラ(ライオンの街の意)と改名させたという伝説に由来しています。この像は、シンガポール政府観光局の許可を得てシンガポールにおいて製作されたものです。

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 次は種々のカトレアのコレクションです。

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 大温室群の途中に池があり、白鳥と黒鳥と鴨達が遊んでいました。

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 温室の中で不思議な植物(次の写真)を見付けました。ノランテア・ギアネンシスというギアナ原産の樹です。解説によれば次のとおりです。

常緑のつる性低木で、根が他の植物に付着する着生植物です。花は紫色で小さく目立ちませんが、蜜腺がオレンジ色の袋状に肥大し、花穂から垂れ下がり美しい穂の形になっています。

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 この日はたてやま平砂浦温泉(館山市)のホテルに宿泊し、温泉そして魚介類と肉野菜の炭火焼を堪能しました。次の写真は、ホテルの部屋のベランダから観た洲崎方向の房総半島に沈む夕日です。やや左後方の島は伊豆大島です。

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  • 平砂浦 朝日夕日に うまいもの

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早春の房総半島#1(東京湾アクアライン・崖の観音・洲埼灯台)

 3月の声を聞いてすぐの週末、早春の房総半島を愛車レクサスIS250で駆けてみました。まずは東京から房総半島に入るために東京湾アクアラインに向かいました。高井戸ICから首都高に乗り、レインボーブリッジと東京湾岸道路を経て、川崎浮島JCT(神奈川県)からアクアトンネルに入りました。出発から1時間半程度で人工島の海ほたるパーキングエリア(千葉県木更津市)に到着しました。アクアラインは1997年12月に開通したので、ちょうど開業10周年のようです。通行料金は、ETC割引で普通車片道が2,320円でした。1.5兆円に近い建設費が投じられた、全長15.1kmの自動車専用道としては高くはないかなという感じです。しかも、交通量はとても少なく、貸切道路のような雰囲気ですからなおさらです。海ほたるを中心にして、川崎まではアクアトンネルで全長約9.5km、木更津まではアクアブリッジ(橋)で全長約4.4kmあるそうです。トンネルの中心部には換気のための人工島「風の塔(川崎人工島)」があります。次の写真は、1枚目が海ほたる5階の展望デッキから川崎側を撮影したもので、2枚目が木更津側を撮影したものです。1枚目の写真の左側水平線上に風の塔がかすかに観えますが、これが東京ドームと同じ大きさだとは思えませんね。それにしても、3月とはいえ全くの海の上、風がとてもとても冷たかったです。

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 海ほたるを出発し千葉県に入り館山自動車道を走りました。終点の富浦ICで一般道に降り、崖の観音(大福寺・館山市)に向かいました。こちらも所要時間は1時間半程度でした。アクアラインと館山道は交通量が少なかったのでオートクルーズが大活躍で、アクセルペダルを踏み続けるとパンパンになる右足の腿が張らずにすみました。崖の観音は正式には「磨崖十一面観音立像(まがいじゅういちめんかんのんりゅうぞう)」という名のようです。案内板には次のような説明がありました。

 この像は、大福寺背後の崖面中断に、石龕(せきがん・石の厨子)を作って像容を浮彫りにした磨崖仏です。像を覆う観音堂が断崖の中断に飛び出すように建てられていることから、一般に「崖の観音」とよばれ親しまれています。像高は131cmで、舟型の光背を背に、二重蓮華座の上に立っています。(中略)寺伝では、漁民の海上安全と豊漁を祈願するために作られたとされています。

 次の写真は、船形山中腹の崖に建てられた観音堂を仰ぎ観たものです。瞬間的に昨年夏に訪れた三徳山三佛寺投入堂(鳥取県三朝町)を思い出しました。この朱塗りの観音堂は東京湾の海上からよく観えるのではないかと想像されます。

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 観音堂まで階段を昇って行きましたが、扉が閉まっていたため観音様は直には拝めませんでした。次の写真は堂前の舞台から館山市街を撮影したものです。湾の向こう側に右手へ長く延びた先端は洲崎(すのさき)です。

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 次に洲崎に向かい、洲埼(すのさき)灯台(次の写真)を見学しました。駐車場から灯台まで歩く間にある民家では、寒天やところてんの原料であるテングサ(天草)を干しておりました。この灯台の内部には入れませんでしたが、灯火は海面上45.1mの高さにあり、光達距離は約34kmとのことです。解説板によれば次のとおりです。

 洲埼灯台は、東京湾入り口の東端を示す標識で、1919年(大正8年)12月15日に設置点灯されました。夜間は赤白閃互光の灯火で表示し、対岸の三浦半島にある剱埼(つるぎざき/けんざき)灯台(群閃白緑互光)とともに、東京湾に出入りする船舶に目印をして重要な役割を果たしています。

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  • アクアライン 身近になりし 里見の郷(さと)

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2007年11月23日 (金)

秋の長瀞#2(寶登山神社・宝登山)

 昼食後、寶登山(ほどさん)神社に向かいました。寶登山神社は、秩父神社、三峰神社とともに秩父三社の一つであり、その御由緒は案内板によると次のとおりです。

 第12代景行天皇の皇子日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国を平定し、御凱旋の途次、寶登山々頂で御三柱の神をお祀(まつ)り申し上げたのを以って、創始となす。登山に先立ち、尊が心身を清めた「玉の泉」は今なおご本社玉垣内に残る。登嶺の途中、山火事に遭われた時、神使の巨犬が火を消し止め、尊を頂上迄導いた。此の為古くは「火止山(ほどさん)」と称し、後に「寶登山」と改称す。此の巨犬は、大口真神(おおぐちまがみ)(御眷属(ごけんぞく))で、火防盗賊除・諸難除の霊験あらたかである。

 この御由緒によれば創立が西暦110年頃で、何と1900年も前のことなのだそうです。秩父地方には縄文時代の遺跡もあるので、太古の時代から人類が住んでいたようです。縄文時代には海面が現在より相当に高かったので、海が荒川に沿って内陸まで入り込んでいたらしいのです。長瀞も結構海岸に近く、住みやすかったのではないかと想像されます。本殿に昇る階段の前の鳥居の横に見事に紅葉したモミジがありました(次の写真)。

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 寶登山神社本殿は、弘化4年(1847年)から明治7年(1874年)にかけて再建されたそうです。唐破風の下には見事な龍の透かし彫りがあり、また軒下の透かし彫りは見事に彩色されていました(次の写真)。

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 境内にあった、素晴らしいオオモミジの黄葉です。

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 寶登山神社奥宮に参詣するため、宝登山ロープウェイで山麓駅から山頂駅へ向かいました。宝の山に登るのに、2,200mの遊歩道を歩いて登ることもできますが、ロープウェイで昇ると約5分で山頂駅に着きます。宝登山頂は標高497.1m、山頂駅横からは長瀞の街並がよく望めます(次の写真)。

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 宝登山頂付近の南斜面には、ロウバイ、ウメ(梅)、ツツジ、シャクナゲ等が植えてあり、この時季はフユザクラ(冬桜)がよく咲いておりました。次の写真は快晴の空に映えるフユザクラの花です。

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 再びロープウェイで下山した後、駐車場に戻る途中で旧新井家住宅と長瀞町郷土資料館に立ち寄りました。旧新井家住宅は、江戸時代に名主を務めた新井家の住宅を昭和50年(1975年)に長瀞町中心部から移築したもので、およそ260年前に建設されたものと考えられています。養蚕を主な生業とした、当時の生活様式がよくうかがえます。次の写真は紅葉したケヤキ(欅)の木々に囲まれた、旧新井家住宅です。

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 車での帰路は、往路と異なり、高速道路を使わずに一般道で行くことにしました。国道140号線で秩父市に入り、途中で国道299号線へと左折し、正丸トンネルを経由して飯能市へ下りました。レクサスで快適な約3時間の山道ドライブでした。

  • 宝の山 登れば何と 花の山

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秋の長瀞#1(長瀞ライン下り)

 紅葉を追いかけて、秋の長瀞(ながとろ)を訪ねて参りました。11月にしてはやや低い気温ですが空は快晴、久々に愛車レクサスIS250でドライブすることにしました。所沢ICから関越自動車道に入りましたが、もう鶴ヶ島IC付近まで渋滞しておりました。渋滞を抜け花園ICで降りて、国道140号で荒川沿いに長瀞町に向かいました。約2時間で秩父鉄道・長瀞駅に到着し、駅のすぐ東側(荒川側)の駐車場に車を入れました。

 まずは長瀞ライン下りを楽しむこととし、駐車場すぐ横の案内所(発券所)へ向かいました。親鼻(おやはな)橋から岩畳(いわだたみ)までのAコースのチケットを購入し、マイクロバスで親鼻橋下の出発点まで送ってもらいました。お得情報ですが、長瀞ライン下りのホームページから割引券(兼駐車場無料券)が入手できます。次の写真は、出発点に立ってこれから下る荒川の下流方向を撮ったもので、右側遠くに観えるのは秩父鉄道の荒川橋梁(きょうりょう)です。これは、秩父鉄道では一番長い鉄橋で、長さが167m、水面からの高さが約20mあるそうです。

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 最近雨が少ないため水量が不足気味とのことで、所々で船底が川底の石に当たりました。したがって、スリルがあるはずの瀬も大したことはなく、少々残念でした。しかし、今年9月初めに関東を直撃した台風9号による増水の影響が残っており、はるか上方、岩壁の頂上近くの樹木の枝に布やビニールのボロ屑が引っかかっておりました。次の写真は小さな瀬を越えたところです。

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 流れが緩やかになると岩畳と秩父赤壁の間に差しかかり、約3kmを約30分で下る船旅も終盤です。次の写真は、岩畳と紅葉も見頃な発着所付近を撮ったものです。

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 下船し岩畳の上を散歩しました。次の写真は、岩畳から眺めた対岸の秩父赤壁です。

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 この後は寶登山(ほどさん)神社を参詣することし、岩だたみ通り、表参道、そして宝登山並木参道を通って、街西部に向かいました。神社近くの左手に有隣倶楽部があり、少々早めの昼食を食しました。前述の長瀞ライン下り割引券と一緒に入手した、有隣倶楽部お食事10%割引券を利用して竹膳料理を楽しみました。料理がすべて孟宗竹(もうそうちく)の器に盛り付けられ、アユ(鮎)の塩焼きや山菜の天ぷらが特に美味でした。次の写真は、レストランから眺めれれた倶楽部入口の庭です。

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  • 紅葉と 水と岩肌 ライン下り

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2007年9月15日 (土)

旭山動物園を訪れて

 北海道の旭川市にある旭山動物園に行ってみたいという希望が今回叶いました。札幌市で開かれる小学校のクラス会に出席するついでに、北へ向かってレンタカーを走らせました。新千歳空港を出発したのが午前11時過ぎでした。途中から雨が強くなったせいか、あいにく道央自動車道の三笠IC付近で事故が発生し、岩見沢ICと美唄ICの間が通行止めになりました。仕方がないので岩見沢ICで高速を下りて遅い昼食を食べ、美唄ICから再度高速に入り旭川に向かいました。旭川北ICを経由して旭山動物園に着いたのは、予定よりかなり遅れた午後3時過ぎになっていました。

 旭山動物園では最大の無料駐車場がある、旭山側の裏門的な東門に向かい、そこの駐車場に車を止めました。正門や西門の付近にも駐車場が沢山あるのですが、それらはほとんどが民間の有料駐車場で、一日500円の料金が必要です。早速大人580円の入園料を支払って入園したのが午後3時半頃だったと思います。入園した時は雨はやや小降りにはなっていましたが、傘を差して歩き始めました。3連休のためか国内や中国・韓国からのツアーバスも多く到着しており、雨にもかかわらず来園者は結構な数でした。天気が良ければきっと大混雑なのではないかと思いました。

 パンフレットを見ると「反時計(左)回りに進むと順序よく動物達を観察できる」と勧めておりました。これに従い、くもざる・かぴばら館から観ることにしました。しかし、最後に分かったことなのですが、東門から左回りに進むと、もうじゅう館やおらんうーたん館が最終の順番になり、これらの館では動物達の観察ができませんでした。午後4時15分頃に「閉園は午後5時15分ですが一部の動物達は午後4時半頃には屋内に入る」とのアナウンスがあり、これらの館では実際そうなってしまっていたのでした。

 途中西門近くに観覧車がある遊園地があり、動物園全景を観るために観覧車に乗ってみました。次の写真は観覧車から撮った、旭山側・東門方向の動物園全景です。

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 次の写真は、お薦めポイントの一つぺんぎん館のキングペンギン達です。ぺんぎん館では人が中を通れる透明な水中トンネルがあり、その中からは飛ぶように泳ぐペンギン達の姿が観察できます。

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 次のおすすめポイントのあざらし館では、やはり透明なマリンウェイ(円柱水槽)があり、そこを下から上へ泳ぐアザラシ達を間近に観察することができます。屋外ではちょうどもぐもぐタイム(餌付け時間)に当たり、その模様を撮ったものが次の写真です。

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 もう一つのおすすめポイントのほっきょくぐま館では、巨大プールを透明な板を隔てて横から観察できるようになっています。ホッキョクグマが飛び込んだり、上手に泳いだりするダイナミックな姿を観ることができます。最後の写真は早くも紅葉が始まっている東門付近のモミジです。

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 さて、今回初めて旭山動物園を訪れてみて感じたことは、これは何度か足を運ばなければいけないなということでした。一日の入園料が580円に対して、年度末まで有効な動物園パスポートがわずか1,000円です。リピーターのことをよく考えた価格になっております。初回は動物園の全貌を理解することに努め、2回目以降はどの動物についてもぐもぐタイムや行動展示を観察するかを事前に決めて、その館を訪れるということを繰り返すことになりそうです。近くに住んでいれば、誰でも年間数回は行けそうです。

  • 活き活きと 動く動物 目を奪う

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2007年7月16日 (月)

袋田の滝を観光~日本三名瀑巡り完了

 先週末雨の中、福島県との境に近い茨城県大子町(だいごまち)にある袋田の滝を観て参りました。全都道府県訪問達成までに残り4県(鳥取県、高知県、佐賀県、長崎県)となった現在、その次の目標を考えておりましたが、大好きな温泉も楽しみながら旅行できそうなものとして日本三大のいくつかを巡ることにしました。まずすぐに達成できそうだったのが、日本三名瀑(三大瀑布)でした。通常これらは、華厳の滝(栃木県日光市)、那智の滝(和歌山県那智勝浦町)そして袋田の滝の三つを指しますが、場合により称名の滝(富山県立山町)を次点として含めることがあるようです。袋田の滝以外は、リンク先の本ブログ記事に書いてあるとおり、すでに訪れておりますので、今回日本三名瀑巡りの完了となった訳です。

 さて、袋田の滝の解説は袋田観瀑施設利用券の裏面によれば次のとおりです。

 巾73m、高さ120m、四段に落下するところから別名四度の滝と呼ばれ、日本三名瀑の一つであり、四季それぞれに織なす滝の造形は、心のやすらぎと、感動を与えることでしょう。

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 以上の2枚の写真は観瀑台からやや露出を変えながら撮ったものですが、そこへ行くためには有料の袋田の滝トンネルを通らなければなりません。でも、JAF会員証があれば大人1人の料金が300円から50円引き(17%引き)で250円(団体料金と同じ)になります。わずかですが嬉しいものですね。やはり利用券の裏面によるトンネルの解説は次のとおりです。

 昭和54年12月完成されたこのトンネルの長さは、276m、高さ3m、巾員4m、中間には展望台を設け更には吊橋への通路を作るなど、お子様よりお年寄に至るまでゆっくり観瀑台より素晴らしい滝が鑑賞出来るよう設計においても特に工夫をこらしました。

 トンネルの途中に戻り吊橋に続く展望台から撮影したものが次の写真です。

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 吊橋を渡り滝見の茶屋に登る途中から滝と吊橋を一緒に撮った写真が次で、茶屋から撮った滝と断崖の写真がその次です。

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 観瀑台には「瀧を読む」という石碑が壁に埋め込まれており、次の4首が彫ってありました。

花もみち経緯(ヨコタテ)にして山姫の
 錦織出す袋田の瀧
     西行法師(平安時代の歌僧)

いつの世につゝみこめけむ袋田の
 布引出すしら糸の瀧
     徳川光圀(水戸黄門)
     (水戸徳川藩二代藩主)

もみち葉を風にまかせて山姫の
 しみつをくゝるふくろ田の瀧
     徳川齊昭(水戸徳川藩九代藩主)

御空より巖を傳ひて飛落ちて
 すへりて散りて四度の大滝
     大町桂月(明治の文豪)

 この地域は良質な鮎(あゆ)が沢山獲れるらしく、駐車場をお借りしたお土産店で食した串刺しの鮎の塩焼きは真に美味でした。しかも頭から内臓まで全部食べることができ、残ったのは尾びれのみでした。また、ここのお土産は、日光と同じゆば(湯波)、そしてこんにゃく(蒟蒻)、ゆばこんにゃく(湯波蒟蒻)(これは珍しい)、そば(蕎麦)などでしたが、紫せんぶり(千振)とおとぎりそう(弟切草)という珍しいものもありました。いずれも干して乾燥させたものですが、グーグルで調べると、せんぶりは煎じて飲むと胃薬になるもので、またおとぎりそうは煎じた液を傷口に付けると傷薬になるもののようです。

 袋田の滝へは愛車レクサスIS250で参りました。自宅から滝までは、大泉IC⇒東京外環道⇒三郷JCT⇒常磐道⇒那珂IC⇒国道118号の経路で、距離約180㎞、所要時間約3時間半の快適なドライブでした。帰りは途中筑波温泉に1泊して、疲れを癒して参りました。

  • 遠く観る 袋田の滝 けむる緑

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2007年5月 4日 (金)

諏訪・高遠の旅#4(高遠)

 昭和の日に伊那市高遠町まで足を延ばしました。諏訪と高遠を結ぶ杖突峠を越える杖突街道(国道152号線)を経由しました。この道は峠までは険しい登りですが、峠を越えるとなだらかな降りになります。この大変な道を高遠勢や武田勢などの戦国武将たちが往き来したかと思うと感慨深いものがありました。
 まず、高遠城址公園に向かいました。高遠城は山本勘助が築城したもので、その名にちなんだ勘助曲輪(ぐるわ)(今は駐車場になっています)が残っています。残念ながら、約1,500本もあるという長野県天然記念物のコヒガンザクラの花は、盛りを過ぎ葉桜の段階になっていました。次の写真は、公園から観た葉桜とまだ頂上付近は白く冠雪している中央アルプスです。

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 ここ高遠城址公園は古戦場跡(高遠城の戦い)でもあり、案内板によれば次のとおりです。

 天正10年(1582)2月織田信長は、信玄なきあとの武田氏を一挙に滅ぼすために、伊那口からは長男信忠の率いる5万の兵を送り込んだ。
 この大軍に怖れをなした伊那谷の城主は、城を捨てて逃げ、或いは、降伏して道案内をするなど、織田軍は刃に血塗らずして高遠に迫った。
 26才の青年城主仁科五郎信盛(信玄の五男)は、降伏を勧める僧の耳を切り落として追い返して、3千の手兵をもって敢然としてこの大軍を迎え撃った。要塞堅固を以って響いた城であり、城主信盛以下将兵の決死の奮戦も、17倍のの兵力の前にはいかんともし難く、3千の兵はことごとく討死した。城主信盛は腹をかき切り、自らの手で腸を壁になげつけたと古書は伝えている。
 武田勝頼は上原城から新府に退き天目山で自害し、高遠城の戦いは武田氏滅亡の最後のはなばなしい、そして悲しい戦いの場となった。

 高遠城址公園の近くにある絵島囲み屋敷、伊那市立高遠町歴史博物館、そして進徳館(旧藩校)も訪れました。絵島囲み屋敷は、徳川幕府6代将軍家宣の愛妾、月光院の女中であった絵島が、33歳の時高遠に遠流(おんる)され、61歳で亡くなるまでの28年間を過ごした屋敷を復元したものだそうです。絵島は、役者生島新五郎との交遊により、大奥女中としての公務を怠ったとして流罪になったもので、絵島・生島の話は有名です。

 4月下旬から咲き出す桜があると聞いて、高遠城址公園から少し東側の山麓にある花の丘公園を観光しました。まずはベニユタカで、松前公園に植栽されている八重桜と松前桜龍雲院紅八重との交雑種とのことです。

Himg0543

 次はヤエベニヒガンで、エゾヒガンとマメザクラとの雑種とのことです。

Himg0550

 昼食には高遠そばを食しました。手打ちのそばを、焼きみそ、大根おろし、きざみネギを薬味に食べるもので、とても美味しいものでした。店にあった高遠そば由緒書によれば、次のとおりです。

 戦国時代からの歴史香る城下町高遠には、古くから伝わる「高遠そば」があります。
 そば切り発祥の地とも言われる高遠藩で、美食家の殿様に献上するためにお寺の住職と村人達が創案した食べ方が「高遠そば」で、大根おろし、きざみネギ、そして焼きみそを一体にして食べる独特のものです。
 現在も高遠の家庭料理あるいは季節料理として親しまれており、この度高遠町独自の食文化として生産者と販売者が一体となって新メニューとして旗上げを致しました。
 高遠そばは、旧高遠藩主保科正之公によって福島県会津若松にも伝えられ「高遠そば」の名で広く知られています。
     平成10年4月吉日 高遠そばの会

  • 山あいに 歴史の交差 高遠藩

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2007年5月 1日 (火)

諏訪・高遠の旅#1

 ゴールデンウィーク前半を活用して、桜花を追っかけ長野県の諏訪と高遠を2泊3日で旅して参りました。残念ながら桜花は盛りを過ぎていましたが、天候が良く記憶に残る旅となりました。もちろん愛車レクサスIS250で出掛けた訳ですが、往きの中央高速自動車道はスムーズで、諏訪到着前後の雷雨を除けば快適な運転でした。帰りの中央高速道は笹子トンネルの辺りから小仏トンネルの辺りまで若干渋滞してはいたものの、まあまあの感じで帰って参りました。約470㎞の行程でした。しかし、帰りの中央高速道で3件もの追突事故を観てしまいました。最初の1件が2台、後の2件が3台の事故でした。多分渋滞突入で急停車した時に、車間距離不足で後続の車が追突したものと思われます。皆さん、先に渋滞があると分かっている時は、いつ停まってもいいように車間距離を充分にとりましょうね。
 今回の旅の日程は次のとおりです。

  • 第1日目
    • 中央高速道経由で諏訪市到着
    • 水月公園(下諏訪町)観光
    • 諏訪大社下社秋宮(下諏訪町)参詣
    • 上諏訪温泉(諏訪市)泊
  • 第2日目
    • 諏訪湖開きの諏訪湖畔散策
    • 杖突街道経由で伊那市高遠町に向かう
    • 高遠城址公園、絵島囲み屋敷、高遠町歴史博物館、進徳館を観光
    • 花の丘公園観光
    • 伊那ICから中央高速道に入り諏訪市へ戻る
    • 諏訪大社上社本宮(諏訪市)参詣
    • 上諏訪温泉泊
  • 第3日目
    • タケヤみそ訪問
    • 諏訪高島城観光
    • 宮坂醸造(真澄蔵元)訪問
    • うなぎ小林(下諏訪町)で昼食
    • 中央高速道で帰途に就く

 今回宿泊した上諏訪温泉は縄文時代からあったといわれるとても歴史の長い温泉のようです。泊まったホテルの大浴場に掲げてあった、諏訪市長の解説板によれば温泉の謂れは次のとおりです。

 諏訪盆地は糸魚川・静岡構造線と中央構造線が交差する場所に位置し、上諏訪付近には北西から南東方向に数条の断層が走り、上諏訪温泉は、この地中の断層や亀裂に沿って湧出していると考えられています。
 諏訪の温泉の歴史は古く、神話では諏訪明神の女神が下社に移られるとき「私の化粧の湯だから」とお湯を鏡に含ませて運び、途中滴り落ちた所から温泉が湧出したと伝えられ、これが上諏訪温泉の起源とされています。上諏訪駅前からは土器片や石斧(せきふ)などと一緒に硫化して黒くただれた藍が出土しており、すでに縄文時代の人々が温泉を使っていたと思われます。

 次の写真は、上諏訪温泉から観た諏訪湖の日没です。では、以降3回に分けて諏訪・高遠の旅について書いて参ります。

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  • 諏訪の春 風林火山の 声が舞う

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2007年2月 8日 (木)

映画「不都合な真実」を観て

 先週末、京王線府中駅のすぐ南側にあるモール「くるる」の5階にあるシネマコンプレックス「TOHOシネマズ府中」で、元米国副大統領のアル・ゴア氏が制作した映画「不都合な真実」を観て参りました。
 当然観たい映画から上映している映画館を探した訳ですが、都心ではなくなぜか府中のシネマコンプレックスに目が留まりました。ここは2年程前にできたそうですが、何と9スクリーンもあり頻繁に来ても次々と新しい映画を観られそうです。座席も座り心地がよく、飲物立てと傘立てが各座席にあったのにも注目しました。その上、まだ夫婦50割引を提供してくれており、どちらかが50歳以上であれば通常2人で3,600円のところが何と2,000円になります。さらにいいことに、割と近くの府中ですから当然愛車レクサスIS250で出掛けたい訳ですが、324台収容の大駐車場が付属しており、映画なら3時間まで駐車料金無料となっておりました。家からくるるまでの所要時間もおよそ30分間と至れり尽くせりの条件でした。先に随分映画館の宣伝をしてしまいましたが、多分このせいで今後映画を観る機会が増えそうです。セゾンのポイントカードも作ってしまいましたしね。
 さて、映画そのものの話です。この映画「不都合な真実」は「地球温暖化(Global Warming)」に関するものです。空恐ろしいことに、今年の冬は全国的にとても暖かく、また記録的に少ない降雪量になっていますね。日本各地で、3週間から1ヶ月も早くタンポポや梅や緋寒桜(ひかんざくら)が咲き出しています。気象庁は、暖冬の背景として①北極圏からの寒気の南下が弱いことと②太平洋中東部(いわゆるペルー沖)の海面水温が上昇するエルニーニョ現象を挙げています。ゴア氏はこの映画では、これらは原因ではなく地球温暖化の結果、同時に現れる現象に過ぎないと言っているようです。本当の原因は、人類がわずかここ数10年の間に排出した温暖化ガス、つまりそのほとんどを占める二酸化炭素のせいだと言うのです。現在の二酸化炭素の濃度は過去65万年間のどの時点よりも高く、過去超えたことのなかった300ppmを上回っていると言います。
 さて二酸化炭素濃度が高まると何が起きるのでしょうか。ヒマラヤ氷河の溶解による水不足、熱波、海水の高温化による超巨大ハリケーンの発生、竜巻の多発、洪水の頻発、旱魃と砂漠化、永久凍土の溶解、病害虫の北上、グリーンランドの棚氷の溶解により海流の変化が起き欧州が氷河期に再突入、南極・北極の氷が溶けるために起きる陸地の水没などが帰結だそうです。これは地球環境の崩壊とも言え、我々人類の子孫が生きて行けなくなることを意味します。この不都合な真実を否定せず、見据える必要があります。京都議定書はその大事な一歩だった訳ですが、米国とオーストラリアがまだ批准しておりません。すべての国そして人々が、省エネ、エネルギー効率の改善、自動車の効率改善、公共交通システムの導入、風力やバイオ燃料などのリサイクル可能なエネルギーの使用、炭素の回収・貯蔵などに取り組むことによって、二酸化炭素の濃度を1970年代のレベルまで下げることが可能だと結んでおります。
 今朝いつものように満員電車に乗って通勤し、やや薄ら寒い部屋で勤務し、断熱された家に住む私は、すこしは地球温暖化と闘っているのでしょうか。さらに、余りお湯も使わないように、また風呂にもお湯を溢れる程入れないようにしなければいけないと思いました。他にも個人レベルでいろいろできることがあるのでしょうか。皆さん一緒に研究して、闘いの第一歩を力強く踏み出しましょう。

  • 温暖化 人の叡智で 闘おう

(注)本記事作成には、最後に紹介してある書籍、アル・ゴア著「不都合な真実」(2006年ランダムハウス講談社刊)も参照しました。

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2007年1月18日 (木)

サレジオ高専吹奏楽部第30回定演

 先週末、町田市民ホールで公演された、サレジオ高専(工業高等専門学校)吹奏学部第30回定期演奏会を聴いて参りました。この公演は、町田市に所在する10校が参加する「吹奏楽フェスティバル in まちだ 2006-07」の一環として行われたため、学校関係者ではないが音楽に関心のある町田市民も多数来場し、800余りの座席が一杯になっておりました。サレジオ高専のバンドも80名余りで構成されたビッグバンドなため、演奏には大変な迫力がありました。
 プログラムは次のとおりで、約2時間の演奏を堪能しました。

  • Himg0196 第1部(上の写真)
    • フラッシング・ウインズ
    • 76本のトロンボーン
    • パッヘルベルのカノン
    • 軽騎兵序曲
  • 第2部(下の写真)
    • 情熱大陸
    • 宝島
    • Himg0198 スマイル~テリーのテーマ
    • アメリカン・パトロール
    • ルパン三世
    • パイレーツ・オブ・カリビアンメロデー
  • アンコール

 電車で行ってもよかったのですが、愛車レクサスIS250で往復してみました。関戸橋で多摩川を渡り、多摩市を経由して町田市に入る訳ですが、運転は快適でした。

  • 音楽に 取り組むことで チームワーク

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2006年12月23日 (土)

近所の紅葉

Himg0177Himg0171  東京多摩地区でも、今年の遅めの紅葉がいよいよ終わりを告げようとしております。
 まず我が家の坪庭のモミジ(カツラ)の紅葉、愛車レクサスIS250と一緒に写っております(左側1枚目の写真)。次に桜の名所でもある「たけのこ公園」で見つけた、最後のモミジの紅Himg0179_1葉と竹林(公園名の由来)です(右側1枚目の写真、同2枚目の写真に竹林だけ撮りました)。そして、いつも通る多摩湖自転車道に、紅葉Himg0180ではありませんが綺麗なススキの穂がありました(左側2枚目の写真)。
 西武新宿線花小金井駅から田無駅寄りに少し進んだ多Himg0183摩湖自転車道に、 やはり最後のモミジの紅葉が完全に落葉したソメイヨシノ(染井吉野)の並木の間にポツリと残っておりました(右側3枚目のHimg0185写真)。そして、その足元のモミジの落葉による赤い絨緞がありました(左側4枚目の写真)。


  • 名残惜し 日本の秋の 美しさ

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2006年12月22日 (金)

12月の銚子・犬吠埼

Himg0151  先週末、関東最東端といわれる銚子・犬吠埼を、愛車レクサスIS250を駆って1泊2日で訪ねて参りました。12月は、地軸の傾きのせいで、日本最東端の北海道納沙布岬より日の出の時刻が早い、つまり日本一早く日が昇ること(午前6時30分頃)で有名なところです。しかし、真に残念ながら、今回は天気が曇りで日の出を拝むことはできませんでした(1枚Himg0144目の写真はホテルから眺めた犬吠埼)。
 (注)島嶼部を考慮する と、12月に日本一日の出の時刻が早いのは多分小笠原諸島だと思います。
 1日目は、犬吠埼灯台を登り、次に地球の丸く見える丘展望館を訪れました。犬吠埼灯台は、北緯35度42分28秒、東経140度52分07秒の地点にHimg0139建てられ、地上から灯火まで27m、水面から灯火まで52mの高さがあり、初点灯は 1874年(明治7年)11月15日とのことです(2枚目の写真は犬吠埼灯台と商店街)。(九十九里浜にちなんだ?)99段の螺旋(らせん)階段と16段の梯子を登ると展望デッキに出られ、360度のパノラマの眺望が楽しめます(3枚目の写真は灯台展望デッキから君ヶ浜を望んだもの)。地球