カテゴリー「宗教」の23件の記事

2008年4月 3日 (木)

増上寺と芝公園の桜(ソメイヨシノ)

 お昼休みに芝公園にある浄土宗大本山の増上寺へ足を延ばしました。4月2日~7日が御忌大会(ぎょきだいえ:浄土宗の宗祖法然上人の忌日法要)で、8日が灌佛会(花まつり:釈尊の降誕を記念し誕生仏に甘茶を灌ぎ、遺徳を讃仰する法要)の行事が予定されております。大殿横(北側)、安国殿前(東側)の広場では笛と太鼓のパフォーマンスが行われていました。多分これらの行事との関係で、2日~8日は将軍墓所特別公開(徳川家霊廟)が無料で実施されておりました。そこで早速入ってみることにしました。安国殿の裏手(西側)に回り、旧国宝の鋳抜門を潜ると墓所がありました。墓所には、2代将軍秀忠公夫妻の石塔等、8台の宝塔がありました。その中で気になったのは、次の静寛院和宮(皇女和宮)の青銅製の宝塔でした。和宮は仁孝天皇の第8皇女で、第14代将軍家茂に嫁いでいます。

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 次の写真は、将軍墓所からの桜(ソメイヨシノ)と東京タワーです。

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 境内には沢山の人達がおり、昼食をとっているグループも結構おりました。人を避けながら桜と大殿と東京タワーを撮影するのは以外と難しく、光摂殿前(西側)駐車場から撮るのが唯一のチャンスでした。

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 次は、増上寺南側の芝公園から撮った、満開のミツマタ(三椏)と桜と東京タワーです。

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 最後に、大殿裏手(西側)にある墓地の中から撮影した、桜の中に浮かぶような東京タワーです。

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  • 増上寺 江戸と明治と 昭和あり

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2008年3月27日 (木)

雁木坂の桜(ソメイヨシノ)

 やはり昼休みに霊友会釈迦殿のすぐ横にある雁木坂(がんぎざか)の桜(ソメイヨシノ)を撮影しました。階段になった坂を一般に雁木坂というそうです。この坂は神谷町付近の桜田通りからロシア大使館付近の外苑東通りに抜けるための近道になっています。こちらの桜は2本あるのですが、いずれもほぼ満開で見頃です。写真は手前側が桜田通りで桜の右手に霊友会釈迦殿がでんと構えております。坂を昇り左手に向かうと外苑東通りに至ります。

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  • 桜咲き 江戸を偲ばす 雁木坂

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西久保八幡神社の桜(ソメイヨシノ等)

 昼休みに会社の近所の西久保八幡(はちまん)神社の桜を撮影しました。階段を昇って行った境内には数本の桜(ソメイヨシノ等)があり、ほぼ満開で見頃でした。次の写真の後方のビルは、桜田通り(国道1号線)を挟んで向かい側にあるオランダヒルズ(森ビル)です。

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  • 桜咲き ビルの谷間に 憩いの場

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2008年3月 2日 (日)

早春の房総半島#4(小湊山誕生寺・鯛の浦・妙の浦)

 野島崎を後にして日蓮聖人生誕の地、旧天津小湊町(現鴨川市)に向かいました。南房総市と鴨川市の境は山が海に迫っていて急にトンネルが多くなります。ここからは外房黒潮ラインを走る訳ですが、御宿町まではたびたびトンネルを通ることにました。浅田次郎著「天国までの百マイル」で有名な、鴨川市の亀田記念病院(外壁がカラフル)の横を通り過ぎ、誕生寺付近に到着しました。

 車を一番奥の誕生寺の駐車場に停め、境内を抜け小湊鯛の浦(妙の浦)遊覧船乗船場(鯛の浦会館)に向かいました。暖かい内に先に船に乗ってしまおうと考えた訳です。遊覧船に乗るとまず1222年に日蓮聖人が生まれた場所といわれている妙の浦(内浦湾の東側)へ向かいました。次の写真がその場所ですが、中央やや右側の島(小弁天島)の朱塗りの鳥居が建っているところがまさにその場所ということでした。

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 次に船は鯛の浦に少し戻り、餌を与えると鯛(主にマダイ)が浮上してくる様子をみせてくれる手筈になっておりました。しかし、いくら餌をまこうと鯛の姿は一向に見えませんでした。カモメが沢山飛んできて鯛の餌を横取りするばかりでした。船の従業員の説明によれば、やや日が陰り水温が下がったためとのことです。すぐ前の出航まで見えていたそうですから、不運でした。

 マダイは通常深さ30~150m位の海中に生息している近海魚ですが、深さ10~30mの浅海の鯛の浦に生息し人の与える餌を浮上してよく食べるのは、他では見られない現象とのことです。日蓮聖人が誕生した古来殺生禁断の地ということで、そのことに関連付けられている聖なる現象とされております。次の写真は、次の鯛の浦遊覧船が我々の船とすれ違い、妙の浦に向かっているところです。

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 遊覧船から降りてさすがにお腹が空いたということで、遊覧船乗場(鯛の浦会館)のすぐ横で誕生寺参道のすぐ前にある広瀬屋さんに入店しました。ここでは、キンメダイ(金目鯛)の煮付けを食しました。ふっくらとしていて、また脂が適当にのっていて、とても美味しく感じました。伊豆稲取(東伊豆町)のものに引けを取りませんでした。

 そして正式に小湊山誕生寺(日蓮宗)に参詣することにしました。参道に再び入ると、軒を連ねている売店のおばさんから声をかけられました。「あんたさっきも通ったね。田村亮みたいだから…」と言われました。若い人は分からないかもしれません。ロンドンブーツ1号2号の田村亮ではなく、俳優の田村亮です。昔の映画俳優の板東妻三郎(歿)の子供達で、高廣(歿)、正和そして亮の俳優三兄弟としてよく知られている役者の一人です。ちょっと寒いのでハンティング帽をかぶっていたので、余計似ていたのかも知れません。

 次の写真は誕生寺仁王門です。建立後約300年たっており、誕生寺では一番古い建物だそうです。

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 さて、誕生寺に関する解説板から年表を若干まとめると次のようになります。

  • 1222年(鎌倉時代) 日蓮聖人誕生
  • 1276年(建治2年) 日蓮聖人誕生の地(妙の浦付近の祓崎(はらいざき)南端)に小湊山誕生寺開山
  • 1498年(明応7年) 大地震大津波により流失し、現在の地に移動
  • 1703年(元禄16年) 房総沖震源の大地震大津波で再度流失したが、水戸徳川家の帰依により再興
  • 1758年(宝暦8年) 大火により仁王門以外の七堂伽藍を消失
  • 1842年(天保13年) 雨落十八間四面総欅造りの大祖師堂が完成

 これを見ると房総半島でもいかに何度も大地震が起きているかがよく分かります。大地震の備えは必須ですね。次の写真は祖師堂を左斜め前方から撮ったものです。

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 祖師堂の右前方にはかわいい日蓮上人御幼像(次の写真)がありました。

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 祖師堂の右側に回ると、何と河津桜が八分咲きになっておりました(次の写真)。

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 夕方誕生寺を後にし外房黒潮ラインをさらに北上して、ついに九十九里ビーチラインに入り白子町に到着しました。白子町では約400本の河津桜が植えられており、桜祭りの最中だという話を聞いていました。しかし、桜祭りの会場には誰もおらず、河津桜をよく観るとまだ開花前でした。今年はやはり厳冬のため相当に開花が遅れているようです。

 仕方がないので帰宅することとし、白子ICから九十九里有料道路に入り、東金九十九里有料道路、千葉東金道路、京葉道路、東京湾岸道路、そしてレインポーブリッジを通り、首都高に合流しました。千葉東JCT付近で若干渋滞していましたが、他は大体スムーズで湾岸幕張PAでの休憩時間を除けば、約2時間半のドライブでした。

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2008年3月 1日 (土)

早春の房総半島#1(東京湾アクアライン・崖の観音・洲埼灯台)

 3月の声を聞いてすぐの週末、早春の房総半島を愛車レクサスIS250で駆けてみました。まずは東京から房総半島に入るために東京湾アクアラインに向かいました。高井戸ICから首都高に乗り、レインボーブリッジと東京湾岸道路を経て、川崎浮島JCT(神奈川県)からアクアトンネルに入りました。出発から1時間半程度で人工島の海ほたるパーキングエリア(千葉県木更津市)に到着しました。アクアラインは1997年12月に開通したので、ちょうど開業10周年のようです。通行料金は、ETC割引で普通車片道が2,320円でした。1.5兆円に近い建設費が投じられた、全長15.1kmの自動車専用道としては高くはないかなという感じです。しかも、交通量はとても少なく、貸切道路のような雰囲気ですからなおさらです。海ほたるを中心にして、川崎まではアクアトンネルで全長約9.5km、木更津まではアクアブリッジ(橋)で全長約4.4kmあるそうです。トンネルの中心部には換気のための人工島「風の塔(川崎人工島)」があります。次の写真は、1枚目が海ほたる5階の展望デッキから川崎側を撮影したもので、2枚目が木更津側を撮影したものです。1枚目の写真の左側水平線上に風の塔がかすかに観えますが、これが東京ドームと同じ大きさだとは思えませんね。それにしても、3月とはいえ全くの海の上、風がとてもとても冷たかったです。

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 海ほたるを出発し千葉県に入り館山自動車道を走りました。終点の富浦ICで一般道に降り、崖の観音(大福寺・館山市)に向かいました。こちらも所要時間は1時間半程度でした。アクアラインと館山道は交通量が少なかったのでオートクルーズが大活躍で、アクセルペダルを踏み続けるとパンパンになる右足の腿が張らずにすみました。崖の観音は正式には「磨崖十一面観音立像(まがいじゅういちめんかんのんりゅうぞう)」という名のようです。案内板には次のような説明がありました。

 この像は、大福寺背後の崖面中断に、石龕(せきがん・石の厨子)を作って像容を浮彫りにした磨崖仏です。像を覆う観音堂が断崖の中断に飛び出すように建てられていることから、一般に「崖の観音」とよばれ親しまれています。像高は131cmで、舟型の光背を背に、二重蓮華座の上に立っています。(中略)寺伝では、漁民の海上安全と豊漁を祈願するために作られたとされています。

 次の写真は、船形山中腹の崖に建てられた観音堂を仰ぎ観たものです。瞬間的に昨年夏に訪れた三徳山三佛寺投入堂(鳥取県三朝町)を思い出しました。この朱塗りの観音堂は東京湾の海上からよく観えるのではないかと想像されます。

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 観音堂まで階段を昇って行きましたが、扉が閉まっていたため観音様は直には拝めませんでした。次の写真は堂前の舞台から館山市街を撮影したものです。湾の向こう側に右手へ長く延びた先端は洲崎(すのさき)です。

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 次に洲崎に向かい、洲埼(すのさき)灯台(次の写真)を見学しました。駐車場から灯台まで歩く間にある民家では、寒天やところてんの原料であるテングサ(天草)を干しておりました。この灯台の内部には入れませんでしたが、灯火は海面上45.1mの高さにあり、光達距離は約34kmとのことです。解説板によれば次のとおりです。

 洲埼灯台は、東京湾入り口の東端を示す標識で、1919年(大正8年)12月15日に設置点灯されました。夜間は赤白閃互光の灯火で表示し、対岸の三浦半島にある剱埼(つるぎざき/けんざき)灯台(群閃白緑互光)とともに、東京湾に出入りする船舶に目印をして重要な役割を果たしています。

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  • アクアライン 身近になりし 里見の郷(さと)

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2008年1月20日 (日)

上野東照宮の冬ぼたん

 両国で北斎展を楽しんだ後、上野東照宮のぼたん苑で冬ぼたんを観て参りました。このぼたん苑は、1980年4月に日中友好を記念して開苑したもので、約250品種・3200本ものぼたん(牡丹)が栽培されているそうです。

 まずは「冬紅光」という品種です。

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 次に「朝日港」と「御国の曙」です。

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 所々に小型に剪定されたロウバイ(蝋梅)も満開になっておりました。

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 上野東照宮は、戊辰戦争、関東大震災そして第二次世界大戦でも破壊・焼失を免れた、江戸時代の面影を残す貴重で幸運な文化財なのだそうです。現地説明板によれば、その縁起は次のとおりです。

 元和2年(1616年)2月見舞いのため駿府城にいた藤堂高虎と天海僧正は危篤の家康公の病床に招かれ三人一処に末永く魂鎮まるところを造って欲しいと遺言された。そこで高虎の家敷地であるこの上野の山に寛永4年(1627年)に本宮を造営した。その後将軍家光はこの建物に満足出来ず慶安4年(1651年)現在の社殿を造営替えし、江戸の象徴とした。

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 透塀(すきべい)で囲まれた社殿の敷地に続く正面の門が唐門(からもん)です。パンフレットの説明は次のとおりです。

 1651年建築。国指定重要文化財。総金箔の門で、両側上部にある松竹梅と錦鶏鳥の透彫は、精巧で美しく、室町・桃山の技術を集大成したものとして評価されています。柱の内外4額面には、日光の眠り猫で有名な、左甚五郎作の昇り龍・降り龍があり、不忍池の水を飲みにいったという伝説がごあります。頭を垂れているほうが昇り龍と呼ばれているのは、偉大な人ほど頭を垂れるという諺に由来するといわれています。

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【現地説明板の東照宮歴史ものしりメモによる蘊蓄】
 唐門の正式名称は「向唐破風造り四脚門(むかいからはふづくりよつあしもん)で、桁行一間、梁間一間、屋根は銅瓦葺です。以前は参拝者はこの門をくぐって拝殿に昇殿しましたが、現在は彫刻保護のため通行できなくなっています。創建当時は身分により参拝規則が定められており、唐門の内側には身分の高い人しか入れませんでした。唐門の先も拝殿に上がれるのはさらに身分の高い人で、さらにその先の石の間(幣殿)には将軍家しか入れないなど厳しく決められていました。

 いつも美味しい食事と丁寧な応対に感動する上野精養軒のメインダイニング「グリル・フクシマ」で、夕暮れを眺めながら早めの食事をとりました。終わって外へ出ると暗くなっていました。上野公園の広小路側の入口では、動物達のイルミネーションが輝いておりました。

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  • 冬ぼたん 凍てつく空気 和ませて
  • 江戸文化 今に引き継ぐ 東照宮

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ボタン、シャクヤク (NHK趣味の園芸・よくわかる栽培12か月) Book ボタン、シャクヤク (NHK趣味の園芸・よくわかる栽培12か月)

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2008年1月 1日 (火)

頌春2008年 武蔵野神社への初詣

 あけましておめでとうございます。昨年に続き、今年も近所の武蔵野神社に初詣に参りました。元旦の午後5時過ぎというのに、50人位の行列がありました(次の写真)。誰も信用できないような世の中なので、誰しもが神様にすがるのでしょうか。私のお賽銭は145円、「いつもよいご縁」でした。

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 ここでは、どんど焼きをしており、昨年元旦に入手した破魔矢と開運扇を燃やしました(次の写真)。どんど焼きは、最近都会では煙や臭いが嫌われて中止されているところが多いのですが、ここでは珍しく続いております。振舞われている甘酒を飲みながら、しばらくの間温まりました。

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 では、皆さんにとって輝かしい新年となるようお祈りいたします。

  • よい年を 祈り燃やすは どんど焼き

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2007年11月23日 (金)

秋の長瀞#2(寶登山神社・宝登山)

 昼食後、寶登山(ほどさん)神社に向かいました。寶登山神社は、秩父神社、三峰神社とともに秩父三社の一つであり、その御由緒は案内板によると次のとおりです。

 第12代景行天皇の皇子日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国を平定し、御凱旋の途次、寶登山々頂で御三柱の神をお祀(まつ)り申し上げたのを以って、創始となす。登山に先立ち、尊が心身を清めた「玉の泉」は今なおご本社玉垣内に残る。登嶺の途中、山火事に遭われた時、神使の巨犬が火を消し止め、尊を頂上迄導いた。此の為古くは「火止山(ほどさん)」と称し、後に「寶登山」と改称す。此の巨犬は、大口真神(おおぐちまがみ)(御眷属(ごけんぞく))で、火防盗賊除・諸難除の霊験あらたかである。

 この御由緒によれば創立が西暦110年頃で、何と1900年も前のことなのだそうです。秩父地方には縄文時代の遺跡もあるので、太古の時代から人類が住んでいたようです。縄文時代には海面が現在より相当に高かったので、海が荒川に沿って内陸まで入り込んでいたらしいのです。長瀞も結構海岸に近く、住みやすかったのではないかと想像されます。本殿に昇る階段の前の鳥居の横に見事に紅葉したモミジがありました(次の写真)。

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 寶登山神社本殿は、弘化4年(1847年)から明治7年(1874年)にかけて再建されたそうです。唐破風の下には見事な龍の透かし彫りがあり、また軒下の透かし彫りは見事に彩色されていました(次の写真)。

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 境内にあった、素晴らしいオオモミジの黄葉です。

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 寶登山神社奥宮に参詣するため、宝登山ロープウェイで山麓駅から山頂駅へ向かいました。宝の山に登るのに、2,200mの遊歩道を歩いて登ることもできますが、ロープウェイで昇ると約5分で山頂駅に着きます。宝登山頂は標高497.1m、山頂駅横からは長瀞の街並がよく望めます(次の写真)。

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 宝登山頂付近の南斜面には、ロウバイ、ウメ(梅)、ツツジ、シャクナゲ等が植えてあり、この時季はフユザクラ(冬桜)がよく咲いておりました。次の写真は快晴の空に映えるフユザクラの花です。

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 再びロープウェイで下山した後、駐車場に戻る途中で旧新井家住宅と長瀞町郷土資料館に立ち寄りました。旧新井家住宅は、江戸時代に名主を務めた新井家の住宅を昭和50年(1975年)に長瀞町中心部から移築したもので、およそ260年前に建設されたものと考えられています。養蚕を主な生業とした、当時の生活様式がよくうかがえます。次の写真は紅葉したケヤキ(欅)の木々に囲まれた、旧新井家住宅です。

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 車での帰路は、往路と異なり、高速道路を使わずに一般道で行くことにしました。国道140号線で秩父市に入り、途中で国道299号線へと左折し、正丸トンネルを経由して飯能市へ下りました。レクサスで快適な約3時間の山道ドライブでした。

  • 宝の山 登れば何と 花の山

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2007年8月 6日 (月)

全都道府県訪問#44 鳥取県(&島根県)#8(三徳山三佛寺本堂・投入堂)

 三徳山皆成院を過ぎて、さらに階段の参道を昇っていくと、三徳山三佛寺本堂(次の写真)に至ります。ここから先、あの有名な国宝の奥の院「投入堂」に向かうためには、入山手続きをしなければなりません。三朝温泉のパンフレットによれば、三徳山の歴史は次のとおりです。

 標高900m、山全域が国の史跡・名勝に指定される三徳山。そもそもの創まりは白鳳時代、慶雲3年(706年)のこと。呪術にすぐれた役の行者(えんのぎょうじゃ)という超人が、「仏教に縁ある所に落ちよ」と祈って三枚の蓮の花びらを散らすと、その一枚が三徳山に舞い落ちた。こうしてこの地が、修験道の修行の場として開かれたと伝わります。その後、慈覚大師がお堂を建て、阿弥陀如来、釈迦如来、大日如来の三尊仏を安置して、三徳山三佛寺となりました。

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 次の写真は、宝物殿前の広場に至る階段を上から撮ったものです。この広場では、秋10月の最終日曜日に炎の祭典が行われます。炎の祭典とは、全国から集まった護摩木を火中に投じて、書かれている願いを叶えるという古来の修験道行事を主とする祭典で、燃え盛る炎の上を素足で歩く「火渡り神事」も行われるそうです。

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 今回は入山しなかったので、投入堂は県道21号線(なんとこれが昔の山陰道だったらしい)沿いにある投入堂揺拝所から遥かに拝みました。次の写真上部中央に岩屋と投入堂がかすかに観えますがいかがでしょうか。写真をクリックして拡大してみて下さい。

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 三徳山三佛寺のパンフレットでは、投入堂を次のように解説しています。

 三徳山三佛寺の奥の院で、日本でも代表的な建物である。前面は断崖に向けての舞台造りで、近づく道すらない垂直な崖に、浮かぶとも建つとも表現しがたい優美な姿をかもしている。
 慶雲3年(706年)、役の行者が法力で岩屋に投げ入れたといわれ、「投入堂」と人々は呼ぶようになったと伝わる。

 次の写真は、宝物殿にあった写真集から借用したものです。

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  • 常識を 超えた所に 建つお堂

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全都道府県訪問#44 鳥取県(&島根県)#7(三朝温泉・三徳山皆成院)

 第3日目の宿泊は、三徳(みとく)川沿いにある、ラドン含有量世界一で有名な三朝(みささ)温泉(鳥取県三朝町)でした。ラドンはラジウムが分解されて生じる弱い放射線のことで、よって三朝町はラジウム発見者のキューリー夫人の母国フランスとの交流が盛んです。三朝温泉の由来は、800年以上も前のことでパンフレットによれば次のとおりです。

 平安期の長寛2年(1164年)、源義朝の家来である大久保左馬之祐が、主家再興祈願のために三徳山へ参った道中での出来事です。老いた白い狼に出会い、弓で射ようとしますが、思いとどまり見逃してあげることに。その夜、夢に妙見大菩薩が現われ、白狼を助けたお礼にと源泉を教えました。以降、救いのお湯として村人たちの病を治したと伝わり、今も現役で「株湯」とよばれる公衆浴場になっています。

 翌朝、第4日目の朝、三徳山(三朝町)に向かいました。三徳川沿いの駐車場に車を置いて、三佛寺(さんぶつじ)への参道の階段を昇り始めました。途中に宿坊でもある、三徳山皆成院(かいじょういん)に寄りました。境内には十二支を表す12体のお地蔵さん(次の写真)がありました。中央の午(うま)歳だけが、なぜか馬の顔そのものを使っておりました。

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 皆成院では、ためになる箴言(しんげん)(格言)をつづったA4の紙2枚を入手しました。読者の皆様と共有したいと思います。

     心の持ち方

  1. 腹をたてるより許すほうがよい
  2. 憎むより愛するほうがよい
  3. 不平を言うより、感謝するほうがよい
  4. 愚痴を言うより、喜ぶほうがよい
  5. りきむより、任せるほうがよい
  6. 威張っているより、謙虚なほうがよい
  7. うそをつくより、正直なほうがよい
  8. 喧嘩するより、仲良くするほうがよい

    つもりちがい十ヶ条

  1. 高いつもりで低いのは教養
  2. 低いつもりで高いのは気位
  3. 深いつもりで浅いのは知識
  4. 浅いつもりで深いのは欲の皮
  5. 厚いつもりで薄いのは人情
  6. 薄いつもりで厚いのは面の皮
  7. 強いつもりで弱いのは根性
  8. 弱いつもりで強いのは我
  9. 多いつもりで少ないのは分別
  10. 少ないつもりで多いのは無駄口
  • 薄いより 濃い方がいい ラドンの湯

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2007年8月 5日 (日)

全都道府県訪問#44 鳥取県(&島根県)#6(大山寺・大神山神社)

 第3日目の昼前に松江を後にして伯耆大山(ほうきだいせん)(鳥取県大山町)に向かいました。やっと今回の全都道府県訪問の目的地であった鳥取県に戻って参りました。まだ一部開通しかしていない山陰自動車道を少し走りました。その後大山に向かうなだらかですが長い長い上りの道を往きました。そして大山スキー場にも近い駐車場にたどり着きました。

 御幸参道本通りを上り、大山寺の近くまで参りましたが、まず元気な内にと、左手の鳥居をくぐり大神山(おおがみやま)神社奥宮(おくのみや)に向かいました。結構急な石畳の小道(次の写真)を登って往きます。

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 さらに進むと、金門(きんもん)という場所に出られ、荒々しい大山北壁と賽(さい)の河原(南光河原)を一緒に眺めることのできるポイントでした。

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 ついに、大神山神社奥宮の神門に至りました。

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 参詣した桧皮葺(ひわだぶき)の大神山神社奥宮の内部です。彩色が結構綺麗でした。

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 唐破風の下には龍の透かし彫りがありました。ちょうど昼時で、神社の境内には沢山のハイキングの方が休憩しておりました。

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 石畳の小道を下りてきて、大山寺本堂(写真)にお参りしました。大山寺は何と奈良時代に開山した天台宗の古刹だそうです。

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  • 蜩(ひぐらし)の 鳴く大山の 小道往く

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2007年8月 4日 (土)

全都道府県訪問#44 鳥取県(&島根県)#3(出雲大社・日御碕)

 第2日目の午後は、足立美術館から出雲大社(島根県出雲市)に向かいました。一部開通している山陰自動車道を走りました。一般道に降りてから途中日本三大美人の湯の「湯の川温泉」を通りましたが、時間がなく立ち寄るのは断念しました。出雲大社では、沢山の赤松が斜めに生えている松の参道を経て、国宝・出雲大社本殿に至ります。次の2枚の写真は、本殿を西側から撮影したものです。本殿の解説板によれば次のとおりです。

 出雲大社の御祭神は大國主大神であります。その創建は記録によりますと、大國主大神の功績を称えられました天照大神のご指示により御造営せられたのにはじまります。
 現在の御本殿は延享(えんきょう)元年(1744年)建築になって居り、その後文化6年(1809年)、明治14年(1881年)、昭和28年(1953年)と3回屋根の修理が行われました。
 建築様式は「大社造り」と云い、我国上代の住宅建築様式で壮大なる「大社造り」として国宝に指定せられて居ります。
 高さは約80尺(約24m)で6間(約10.9m)四方、屋根の広さは約180坪(約594㎡)、柱は9本あり中心の柱は心御柱(しんのみはしら)又は俗に大国柱とも云って直径は3尺6寸(1.09m)であります。

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  写真をご覧になるとお分かりになるように、本殿の屋根は桧皮葺(ひわだぶき)で、棟には千木(ちぎ)と3本の勝男木(かつおぎ、伊勢神宮では「葛緒木」とも書きます)が載せてあります。次の写真は、午後の祭祀の際に本殿裏側(北側)に出てきた神主さんを写したものです。平成12年(2000年)に境内の発掘調査により「天下無双の大廈(たいか)・国中第一の霊神」と称えられた古代の本殿の御柱が現れたそうです。本殿中央の岩根御柱(心御柱)は直径1.4mにも及ぶ杉の巨木3本を束ねたもので、本殿は高さ48mの壮大なものだったと想定されています。

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 出雲大社を参詣した後、日御碕(ひのみさき)(出雲市)に向かい日御碕神社を参詣し、そして出雲日御碕灯台(次の写真)を訪れました。出雲日御碕灯台は、柱状節理石英斑岩上に立つ紅白互灯の一等灯台で高さが44mあり、また海面上から灯火までの高さが69mあるそうです。明治36年(1903年)4月1日に初点灯され、48万カンデラの光が21海里(約39㎞)の距離まで到達するそうです。また、石積みの灯台としては東洋一の高さを誇っているとのことです。

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 灯台の中に入り靴を脱いで、164段の螺旋階段を昇り展望台に出ると、360度の眺望が開けます。次の写真は、展望台から東側、出雲松島方向を撮ったものです。

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  • 出雲路は 神の古里 人の里
  • いにしえの 神の降り立つ 日御碕

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2007年5月 3日 (木)

諏訪・高遠の旅#3(下諏訪)

 諏訪湖の南東岸に拡がる上諏訪(諏訪市)に対し、北岸に位置する下諏訪(下諏訪町)は、山が湖に迫っていることもあって、ややひなびた感じがしました。そのためかゆったりとした、昔ながらの時間が流れているようにも思いました。中山道(国道142号)を御柱祭の木落し坂に向かう途中の水月公園は、やや高い所にあることから桜花がまだ咲いておりました。幸い到着時の雷雨も止み、ちょうど晴れてきたところでした。ここからは諏訪湖も一望でき、散り始めの桜花とのコントラストが綺麗でした(次の写真)。ここは湖に向かって南向きですから、月が出れば月光が湖水に映るはずで、公園はこれから名付けられたのではないかと思われます。

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 次は散った桜の花弁による絨緞です。

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 そして国道沿いの満開のシダレ桜です。

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 諏訪大社下社秋宮は、御柱祭の際、神楽殿に新たに奉製される重さ約1トンはあるといわれるしめ縄が見事です。

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 また、境内にはこんこんと温泉が湧き出しておりました。

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 帰る日の昼食をうなぎ小林で食しました。列に並んで待っただけあって、ここのうなぎはふっくらとしていて、とても美味しいものでした。その日の夕食用にお土産を買って帰りました。うなぎは浜名湖の舞阪から直送するらしいのですが、確かに諏訪湖を水源とする天竜川沿いに信州街道を下っていくと浜名湖の辺りに着くのですね。以外に近いのかもしれません。

  • 下諏訪に 時の流れを 今に見ゆ

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2007年5月 2日 (水)

諏訪・高遠の旅#2(上諏訪)

 昭和の日は諏訪湖開きの日でした。諏訪市湖畔公園では、初島から華やかに花火が打ち上げられ、湖上パレード、遊覧船・快速船の無料乗船、樽酒無料サービスなどが行われました。次の写真は、湖畔公園から撮ったもので、中央は人形浄瑠璃の登場人物の八重垣姫像、その右後方が初島、またその左後方の冠雪した山々は北アルプスです。

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 次は公園の一角にあった満開のシダレ桜の写真です。

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 信濃国一之宮諏訪大社上社本宮は、建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)を御祭神としています。その由緒は、「我国最古の神社の一つであり、信濃国の国造りをなされたのち、日本国土の守護神としてこの地にお鎮まりになり、信濃国一之宮として皇室部門および一般の信仰が厚く、全国一万有余の諏訪神社の総本社である」とのことです。御神紋は梶の葉であり、諏訪の地を治めた諏訪家の家紋もこれを使用しています。次の写真は、長さ5丈5尺(約17m)、直径1.2mの樅の木である御柱です。御柱は、茅葺の御宝殿と共に寅歳と申歳の7年目毎に建て替えられる御神木で、建て替えの時の御柱祭は天下の奇祭として有名であり、次回は平成22年(2010年)に行われます。御宝殿の建替えは、御柱祭の本質が伊勢神宮などでも行われている「式年造営」であることを物語っているそうです。そういえば上社の御柱には、曳行の時に伊勢神宮の屋根飾りでもある千木が取り付けられるようです。

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 次の写真は諏訪高島城ですが、パンフレットの説明は次のとおりです。

 天正18年(1590)、当時の諏訪領主諏訪頼忠が徳川家康の関東転封に従って武蔵国へ移った後、豊臣秀吉の武将日根野織部正高吉(ひねのおりべのかみたかよし)が諏訪に転封、2万7千石を与えられ諏訪の領主となりました。高吉は安土城や大阪城の築城にも携わった築城の名手。転封の翌年、天正19年(1591)には城地の見立てと設計を終え、翌文禄元年(1592)に着工、慶長3年(1598)まで7年ほどかかって高島城を築城。城の際まで諏訪湖の水が迫り、湖上に浮いて見えたことから別名「諏訪の浮城」と呼ばれ、また「諏訪の殿様よい城持ちゃるうしろ松山前は海)と歌われた名城です。その後、関が原の戦いで徳川軍に属した諏訪頼水(頼忠の子)は、慶長6年(1601)家康の恩恵によって旧領諏訪に帰り藩主となり、以降、10代藩主忠礼に至る270年の間、諏訪氏の居城としてその威容を誇りました。

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 次の写真は、高島城土戸門(お勝手口)近くにあった満開のシダレ桜です。

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 宿泊したホテルの近くにあった片倉館(次の写真)、タケヤみそ、そして宮坂酒造も訪れました。片倉館は製糸工女の厚生や娯楽の場として1928年に建てられた日本最古のクアハウスだそうです。宮坂酒造の清酒「真澄」はとても美味しく、特に11~4月に出荷される吟醸あらばしりはとても香り高いものでした。これは、割水や加熱処理をせずに壜詰めした、蔵元名物のしぼりたて生原酒とのことで、アルコール分も18度と少々高めでした。

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  • 華やかな 花火で号砲 諏訪湖開き
  • 諏訪の神 豊かな自然に 抱かれて
  • 戦国の 技を伝える 高島城

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